第26章 翡翠の誘惑
「あの…、無理しなくて大丈夫ですよ?」
マヤはそう声をかけた。
モブリットさんが話したいならいくらでも聞くし、何か訊かれたなら私はいくらでも話そう。
それが互いに想い人がいる…、いわば “同志” であるモブリットさんと私の今置かれている状況だと思う。
……でも目の前で真っ赤になっているモブリットさんに、無理をさせたくないわ。
いつもはハンジさんの無茶ぶりにも文句ひとつ言わずに大人の対応をしているモブリットさんが、初めての恋を知った少年のように恥じらっているから。
マヤはそう考えて、モブリットを気遣ったが…。
「いや…、話すよ…」
顔を隠していたモブリットは、少し落ち着いてきた。
……聞いてくれと言って話し始めたのに照れてしまって途中でやめるなんて、そっちの方が恥ずかしいことだ。
分隊長なら、きっとこう叱る。
“モブリット! 言いかけたことを中途半端でやめるなんて情けないね!”
声が聞こえた気がして、背中を押された。
「みっともなかったな…、すまない」
顔を覆っていた右手を下ろす。
まだ少し頬の赤みは残っているが、もう大丈夫だ。
……話そう。分隊長への想いをすべて。
「……分隊長の副長になって、食堂や執務室以外にも一緒にいるようになったんだ。研究室と分隊長の私室だ」
話し始めたモブリットに安堵しながら、マヤは訊く。
「……研究室…、聞いたことがあります。確か、執務室の上の階にあるんですよね?」
「そう。最初は執務室で薬の開発を始めたんだけど、すぐに団長から禁止命令が出てね」
「禁止… ですか」
「あぁ。実験器具を散らかして、大事な書類の紛失が多発したんだ。研究に夢中になるあまり執務もつい後回しになっていったしね。だから団長は午後の訓練の第二部の15時半から18時は執務室で執務、それ以降は自由に研究でも開発でもすればいい、ただし執務室ではなく研究室でしろと、空き部屋をあてがってくれたんだ。三階は幹部の私室になっていて一番奥にある部屋が長いこと空き部屋だったらしくてね、研究室として使うのに掃除をしたときは、埃で死ぬかと思ったよ」
「そうだったんですね!」
マヤは初めて聞く話に目を輝かせた。