第26章 翡翠の誘惑
「そうやって徹夜で巨人について語らったり… というかほぼ分隊長ひとりでまくし立てるんだけどな」
やれやれといった様子で首を振ってはいるが、瞳の色にはハンジに対する愛おしさがあふれ出ている。
「ともに過ごす時間が日に日に増えていったころ、班長から分隊長になったんだ。即座に俺を副長に指名してね、ますますこき使われていったな…」
今のハンジとモブリットの関係ができあがった過程を、マヤは “うんうん” と首を振って聞いていた… が。
「………」
順調に話してくれていたモブリットが急に黙りこんでしまった。
………ん? どうしたんだろう?
人には話すタイミングやペースがあると思うので、急かすようなことになっては申し訳ないとは思いつつ、つづきが気になるので訊いてみる。
「……モブリットさん? どうされました?」
見れば、普段は落ち着いていてハンジに酷使されようが、顔色ひとつ変えずに冷静に対処しているモブリットの顔が赤い。
「いや…、いざ話すとなると恥ずかしいものだな…」
「大丈夫ですよ! さっき私に今さら恥ずかしがらなくてもいいって言ったじゃないですか」
「……そうなんだけど」
ずっと想いつづけてきた。
ひとり胸に、つのる想いを秘めてきた。
明るい昼間はなんてことのない時間も、暗闇の支配する夜は長くて。ふくらむいっぽうの想いが行き場をなくして彷徨う夜は。
せいぜいできることは、眠って意識のない彼女の手をそっと握るくらい。その耳元で昼間は口にできない名前をささやけば、ますますたかぶる肉体の熱をもてあまして。
切なくて苦しくて、もどかしくて、たまらなくて。
サムにマヤが馬房にいると知らされて、ちょっと顔を見てやろうと軽い気持ちで近づいたんだ。
そうしたら思いがけなく聞こえてきたマヤの独り言。
“兵長のことが好きなの”
はっと胸を衝かれた。
なんて素直で… 真っ正直な想い。
俺だって同じ想いを抱えてきたのに、最初は気づかないふりをして。隠して、閉じこめて、ふたをした。