第26章 翡翠の誘惑
「俺が新兵のとき、分隊長は班長だったんだ。マヤが知っているとおりの今のままの飾らない性格だったから、すぐに親しくなったよ…。異性としてではなく仲間としてね。巨人のこととなると暴走するのも昔からだった。もともと仲間として信頼関係は築いていたけど、確固たる絆ができたのは俺が分隊長の巨人談議に徹夜でつきあった日の後からかもしれないな…」
そこまで話すとモブリットは、ふっと笑った… 懐かしい目をして。
「……徹夜で巨人談議ですか…」
「今でこそ研究やら実験で、徹夜なんかめずらしくもないけど、当時はまだ分隊長にとことんつきあう人がいなかったからね。今でも憶えてるよ、談話室で一晩中巨人話を聞かされて、朦朧としている俺の両肩が掴まれたんだ。そのあまりの力強さに失いそうになっていた意識を取り戻し、目の前の分隊長を見れば、窓から射しこむ朝陽に照らされてキラキラと輝いてた。そしてこう言ったんだ… “モブリット! 大丈夫かい?” って。てっきり心神喪失状態の俺を心配してくれたのかと涙ぐみそうになったんだがな…」
「……違ったんですね…」
その先の展開を容易に予想できて、マヤは苦笑いをする。
「あぁ。“モブリット、大丈夫かい? ここからが重大な仮説なんだから、そんなぼうっとしていると聞き逃すじゃないか! ほら、しっかり目を開けるんだ!” と思いきり体を揺さぶられたよ…」
「あはは…」
「結局はそのまま食堂にも行かずに話しつづけて、午前の訓練に顔を出さない俺たちを同じ班の兵士が呼びにくるまで止まらなかったんだ。あれはきつかったな…。まだ徹夜に慣れてなかったし」
「慣れとかあるんですか?」
「もちろん。今じゃ分隊長の実験につきあわされて徹夜しても平気さ。……慣れって怖いよな」
「そうですね」
ブルブルブル…。
同意を表してくれたマヤとアルテミスに、モブリットはやわらかい笑みを向けた。