第26章 翡翠の誘惑
……アルテミスはきっと、もう食べ終わっているわ。
飼い葉が大好きなアルテミスはもぐもぐとよく食べて、そのスピードも速い方だ。
「アルテミス、来たわよ!」
ブブブブ! ブルッブルッ!
案の定すでに食べ終えていたアルテミスは、大好きな主のマヤが来てくれたと知って、嬉しそうに鼻を鳴らした。
空の飼い葉桶を確認して、マヤは微笑む。
「ふふ、ちゃんと綺麗に食べたね」
ブブブブ!
「そう、美味しかったのね」
満足そうにその愛らしい鼻を天井に向けてぶるぶると首を振って、喜びを表現するアルテミスが愛おしい。
馬房に入って、まずは愛馬が一番喜ぶ鼻すじをマッサージする。
「あのね、王都に行ったのよ…。それでね、綺麗なドレスを着て貴族のお屋敷の舞踏会に出たんだけど…」
マヤはアルテミスの鼻すじから耳の付け根、首すじへと手にぎゅっぎゅっと力をこめて揉みしだいてやりながら、報告をするように話しかけている。
「色々あってね…。舞踏会だっていうのに全然踊らなかったのよ?」
ブルブルブル…。
気持ちの良いツボをぐいぐいと押してもらったり、かゆいところをかいてもらったり、リンパに沿って撫でたり揉んだりしてもらいながらアルテミスは、マヤの声に聞き入るように目を閉じている。そして吐息をこぼすかのように、時折ぶるぶると声を漏らす。
「でもね、残念なこともあったけど… ごはんは美味しかったよ!」
ブブブブ! ブブブブ!
「ふふ、ご飯が美味しい話はアルテミスも楽しいね!」
マヤは目を細めながら、愛馬の腹に手をかけた。