第26章 翡翠の誘惑
「朝のランニングが功を奏したのかどうかわからないけど、辛くも生き延びて今ここに立っている訳さ」
そう言って頬のあたりに浮かんだタゾロの笑みは、どこか自虐めいている。薄茶色の瞳は目の前のマヤではなく、遠い景色を映している。
……きっと散っていった仲間を見ているんだわ…。
胸がずきりと痛む。
調査兵として生きていく以上は、避けられない痛みと哀しみ。
でも進みつづける、命を賭したかけがえのない仲間の想いを胸に抱えて。
巨人に脅かされることのない自由な世界が、きっと未来にあるから。
タゾロはうつむいたマヤのまつ毛が落とした影に、調査兵として生きる者が何を感じているかを敏感に察した。
……マヤも同じ景色を見ている。無残に散っていった仲間の幻影を。そしてその犠牲の先にあるはずの自由を。
「すまない、湿っぽくなっちまった」
「……いえ」
「まぁあれだ。女のことでいっぱいだった頭ん中も、生き延びていくごとに割合が減っていくってことだな」
「……そうなんですね」
………?
マヤは相槌を打ちながら、結局タゾロさんは何を言いたかったのだろうと心の中で首をかしげた。
「でもな、あいつらはまだまだ経験の浅い新兵だ」
……あっ、そうだわ。ギータたちが何を考えているか…、それは “女” だって話だったわ。
「だから任務からひとたび離れたら、女さ」
「……そうなんですか…」
少々マヤは困惑し始めた。
新兵の男の子が女の子のことで頭がいっぱいだということは、タゾロ先輩の説明でもう嫌というほどわかった。
それを聞かされたところで、どういう風に反応すれば正解なのかもわからないし、正直なところ、“だからなんなの?” とも思ってしまう。