第26章 翡翠の誘惑
「初めて巨人と対面したときのショックは、今もはっきりと生々しい感覚で残ってるもんな。そうか…。マヤもションベンちびっていたか…」
感慨深い様子でうなずきながら、そう言ってきたタゾロにマヤは慌てて打ち消した。
「やっ、違います! 同意したのは任務の厳しさの部分であって! 私は漏らしてません!」
「俺の同期は女もジャンジャンちびっていたぜ? 101期生は違うのか?」
まるで失禁するのが当たり前のように話すタゾロ。
「いや…、それはその…」
実のところ、同期でも初陣で失禁してしまった者は少なからずいる。
ここだけの話、今は泣く子も黙るリヴァイ班の一員である101期生の華のオルオとペトラもだ。
「……漏らした人がいない訳ではないけど…」
「ほらな! 別に恥ずかしがらなくていいから。ここは正直になろうぜ? マヤ、実はこっそりちょろっと漏らしたんだろ?」
「漏らしてません!」
顔を真っ赤にして否定するマヤを見てタゾロもやっと、マヤは本当に失禁していないのだろうなと理解した。
「わかったわかった! マヤはちびってない。それでOK?」
「ええ、OKです」
「でさ、話を戻すけど…。新兵のころなんかもちろん調査兵になった以上は任務のことはそれなりに真剣に考えているさ。けれどやっぱり他のことで頭はいっぱい、それがさっき言った “女” だけど…」
話しながらタゾロの表情が引きしまってくる。
「巨人を本当の意味で知って、戦って、どんどん仲間が死んでいくとだな。いくら女のことで頭がいっぱいな俺でも、否が応でもどうやって巨人と戦っていけばいいか、生き残るには何をすればいいか…。そればかりを考えるようになっていくんだ。だから自分にできることをやる。俺は体力がなかったんだ。すぐに息が切れちまって…」
「え? タゾロさんが?」
タゾロは基礎体力訓練の長距離走でも、いつも息ひとつ切らさずに涼しい顔で完走している。とても体力がないようには見えない。
「あぁ、そうなんだ。だから朝に走るようになったんだ。それからは人並みにはなったつもりでいるがな。でも気を抜くと駄目だから、日々精進さ」
「そうだったんですか…」
人知れず努力している先輩兵士の一面を知り、マヤは敬う想いでタゾロを見上げた。