第26章 翡翠の誘惑
マヤにとってタゾロは、新兵のころから世話になっている頼りがいのある先輩兵士だ。
立体機動や討伐の腕も確かで、さすが何年も生き残っているだけはある。いずれ分隊長を担うようになる人材だと確信している。
毎朝自主訓練でヘルネまでランニングしているタゾロはストイックで、女性のことで頭をいっぱいにしているようには全く見えない。
そういう風にタゾロのことを認識していたマヤには、今タゾロが口にした “男の新兵なんか100パー、頭ん中女のことだらけ” なる言葉が衝撃で、えっ! と驚いたきり二の句を継げない。
「ははは! 何をびっくりしているんだよ」
「真面目そうなタゾロさんから、そんなことを聞かされるとは思ってもみなかったので…」
「真面目? 俺が?」
「はい。新兵で何もかも初めてで… 慣れなくて、右往左往していた私とマリウスに、いつも親切に指導してくれたのはタゾロさんですし」
「そんなの先輩になったら当たり前さ。マヤだって今、あいつらに色々教えてやってるだろ?」
「ええ、まぁ… そうですけど」
「まぁマヤの場合は真面目だけどな! でも俺はそうでもないぜ?」
「でも毎朝、自主訓練で走ってますし。私はタゾロさんのことはすごく… ストイックな印象があります」
少し頬を赤らめて、自身のことを真面目だのストイックだのと褒めてくれる後輩を、タゾロは可愛く思う。
「やぁやぁ、それは光栄だな。ではそういうことにしてもいいけど、そんな “真面目でストイック” な俺も新兵のころは、任務以外では女のことしか考えてなかったんだ」
「そうなんですか」
「あぁ、そうだよ。なんだかんだ言って訓練兵のころは所詮訓練、実際に調査兵になって壁外調査に出て初めて巨人をリアルで見て、びびってションベンちびって、やっと調査兵の任務の真実を思い知るだろ?」
「はい」
小便をちびって… の部分は置いておいたとしても、全くそのとおりだとマヤはうなずいた。