第26章 翡翠の誘惑
数日後、マヤは午後の訓練の第二部の時間にアルテミスの手入れをしようと厩舎に向かった。
その日は幹部の会議があるとのことで、ミケの執務の手伝いおよびリヴァイの方の手伝いも休みだと前日に言い渡されていたのだ。
午後の訓練の第一部、基礎体力訓練を終えて、さて第二部の時間は何をしようかと考えていたところにタゾロから声をかけられた。
「マヤ、今日は会議だから執務やらなくていいんだってな」
「そうなんです。こうやって時々、分隊長の会議で手伝わなくていいとなると何をしようか迷っちゃいます」
「そうか。俺らは昨日に立体機動装置の整備をしたんだ。あっ、お前のもついでに見ておいた。多分問題はないと思うけど、明日の立体機動訓練の前にチェックしておいてくれ」
さらりと自身の立体機動装置の整備をやったと言ったタゾロの顔を、マヤは驚いて見上げた。
「えっ! すみません! 明日、早起きして整備してから訓練に挑もうかと…」
もともと大きな目をさらに見開いて真ん丸にしながら謝っているマヤに、タゾロは優しい声を出す。
「本当についでにちょっと見といただけだから、そんな気にしないでいいんだ」
「……でも!」
そう言われてもマヤの性格上、先輩兵士に自身の立体機動装置を整備してもらったとなると申し訳なくて仕方がない。
「それに今はそうやって恐縮してるけど、明日の朝は怒ってるかもな! “もうタゾロさん、めちゃくちゃな整備しないでください!” って」
「確かに…。立体機動装置の整備って結構ひとりひとりのクセがあるから、それはあるかもですね…。タゾロさんは特に…」
「おいおい、ひどいなぁ。冗談で言ったのによぉ…」
謝ってくるマヤを笑わせようと言ったつもりが、思いがけない返し方をされてタゾロは頭をかいた。
「ふふ、私も冗談ですよ!」
鼻にくしゃくしゃと皺を寄せて笑っているマヤ。
「なんだよ、もう! マジで俺の整備にケチをつけてるんかと思ったわ。やられた」
「ふふ」「ははは」
楽しそうに笑い合っていたが、マヤはもう一度礼を述べた。
「でも本当にありがとうございます。第二部の時間は分隊長が不在なとき以外毎日執務のお手伝いだから、全然整備の時間が取れていなくて…。助かります」