第26章 翡翠の誘惑
「これは…、すもも?」
真っ赤な皮に少し濃い黄色の果肉を見てマヤは訊く。
「そうだよ。すもものジャムを作るから大量に仕入れたんだ。ジムがマヤに食べさせたくて仕方ないみたいでさ。今年はすももの当たり年で、すごく甘いんだよ」
ジムの名前が出てきて、マヤは嫌な予感しかしない。
「こんなに甘いすももは滅多にないよ。だからあの子はどうしてもマヤに食べてほしかったんだろうね。なのにあんたときたら昨日も、その前の日も食堂に来ないし。その前はしばらくのあいだ兵長と一緒に来なかっただろ?」
リヴァイとヘルネに出かけた自身の誕生日である7月7日の前日から今日… 7月12日まで、もはや習慣になりつつあったリヴァイの執務を手伝ったあとに一緒に食堂に来て夕食をいただくという行為を、マヤはしていなかった。
そのあいだ食堂に現れることはあってもリヴァイとは一緒ではなく、王都に行っているあいだは食堂には全く姿を現してはいない。
「……そうですね」
「だからかジムが変に期待しちまったんだろうね! この美味しいすももが手に入ってからマヤに食べさせようと待ち構えていたのにさ、二日前からぴたりと食堂に来なくなったもんだから」
「……王都に行ってたので」
「だってね! 聞いた聞いた。なんでもペトラと一緒に舞踏会に招待されたとか」
厳密には招待されたのはペトラで、マヤはペトラが指名した “おとも” であるが、話がややこしくなるのでマヤは黙っていた。
「昨日の夜に帰ってくると聞いたけど、あの子は昨夜は非番でね。だから今日、何がなんでもこの美味しい特別なすももをマヤに食べさせようと張りきっていたんだよ。それなのに…」
そこまで立て板に水を流すように話していたマーゴは、ちらりとリヴァイの方に視線を投げた。
「やっとマヤが食堂にやってきたってのに兵長と一緒だろ? おまけにお見合いしてるみたいに二人して赤くなって見つめ合っちゃってさ。とてもじゃないけどジムは運べないから、あたしが代わりに来たって訳なんだよ!」