第26章 翡翠の誘惑
怒ってなどいない。
……ただ… 面白くねぇ。
何が?
レイモンド卿がマヤを誘ったことか? 俺以外のやつらが… オルオも… ミケまでもが知っていたことか? マヤがミケと長々とおしゃべりをしていたことか? それともマヤが分隊長と言うたびに嬉しそうにすることか?
わからねぇが、全部ひっくるめてイライラする。
だが… こんな理由もはっきりしないような稚拙な感情をぶつけたくはない。
……無様だろうが。
「怒ってねぇよ」
「……そうならいいんですけど…」
か細い声でつぶやくと目を伏せた。
影を落としている長いまつ毛が、震えているように見える。
リヴァイは自分の感情の揺れのせいで、目の前の大切にしたいマヤを不安にさせていることを恥じた。
……馬鹿か、俺は。さっさとマヤを笑わせろ。
「心配するな。王都の酒場なんか俺が何度でも連れていってやるから」
「本当ですか?」
ぱっと上げられた顔が、もう輝いている。
「あぁ。シェーブルチーズでもホロホロ鳥の卵でも、好きなものを食えばいい」
「はい!」
……単純だな。嬉しそうな顔をしやがって…。
望みどおりにマヤの笑顔が戻ったことを静かに喜ぶ。
「……まだまだ色気より食い気だな」
ぼそっとつぶやいた言葉をマヤが拾う。
「何か言いましたか、兵長?」
「いや…、チーズや卵を食うのが、そんなに嬉しいのかと思ってな」
また目に見えて、マヤの表情は変化した。
明らかに、“むうっ” としている。心なしか頬もふくらんでいるようだ。
「違いますよ…!」
今度はマヤが怒っている。
「……何がだ」
……さっぱり訳がわからねぇ。
リヴァイがマヤの気持ちの変化を理解できず、眉間に皺を寄せていると。
「チーズや卵は食べたいですけど。……でも、兵長と一緒に行けるのが嬉しかったんです!」