ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第28章 殺人鬼の涙
《英二side》
追いかけるようにして部屋へ戻ると、アッシュは洗面台の前に立っていた。顔を洗ったのか、パタパタと水が垂れている。
アッシュは苦しげに眉間に皺を寄せ、俯いている。
ハッと顔を上げたアッシュと鏡越しに目が合うと彼は何も言葉を発さずに、ベッドへと座り込んだ。僕はベッドの下にしゃがんで、アッシュを見上げた。
「…忘れようとしたんだ」
「アッシュ……」
消えてしまいそうな声が切ない。
「…ざまあねえな、札付きの不良で…男娼あがりの殺人鬼のこの俺としたことが…」
あまりにも直球な自虐に喉の奥がツンとした。
「よせよ!そんな言い方…!そんなふうに言うのはよくないよ」
「でも、ほんとうのことだ。親父から聞いたんだろ…俺たちは8歳の時、初めて人を殺した」
「……っ、」
「…レイプされて、恐ろしかった」
前に話してくれた時とは、声色も表情も何もかもが違った。
「恐ろしくて……声も出なかった、心では“助けて”と叫んでるのに。口の中にタオルを突っ込まれたけど、そんなことされなくたって呻き声ひとつ出てこなかった」
「アッシュ…」
アッシュの体はカタカタと震えて、弱々しく涙を流している。
「…そいつを撃ち殺して部屋の中にユウコと2人になったとき、俺はユウコを抱き締めながら気付かれないように泣いた。何も……感じなかったからだ。俺は自分が恐ろしい…ショーターを、殺すなんて……今まで何人殺したかわからない。何も感じないんだ…何も……」
僕はベッドにあがり、アッシュの肩を抱いた。