ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第27章 眠り姫
エイジ、目に涙を溜めてた。
泣いてくれるの?私のために。
それが嬉しいような、悲しいような複雑な気持ちだった。
アッシュと2人きりになったこの部屋は、私のコーヒーを啜る音とアッシュのタブレットに爪が当たる音以外に何も聞こえなかった。
『…あのね、』
「ああ」
返事、してくれた。
『私、オーサーに押さえつけられた時…ちゃんと抵抗したんだよ』
「…ああ」
『それでもああもうダメだって思って、昔“先生”に教わった通り抵抗をやめたんだ』
「……ユウコ」
『なに?』
「無理して話さなくていい」
『無理してないよ、アッシュには聞いてほしい』
「……わかった」
『それでね、無理やりいれられて…それでも声を出さずに耐えてたんだけど、突然首を…吸われて』
「……」
『その瞬間に、思わずやめてって大声出しちゃったの…こういうのが興奮させるんだってちゃんと頭でわかってたのに、嫌で嫌で抵抗して…そしたらそのまま、こうなっちゃった。愛してる、愛してるって何度も何度も…』
何も言わないアッシュに私は話を続ける。
『これね首だけじゃなくてさ、今隠れてるとこにも実はいっぱいあって…さっき体洗ってタオルで拭く時、鏡みてびっくりしちゃった…あの時は全部マシューが隠してくれたんだほんとすごかったんだよ、魔法みたいで』
「……」
『ふふ…なんだろうなぁ…こういうの慣れてるはずなのに、すごく悔しくて辛くて惨めで苦しかった、不思議だね』
「不思議なこと、ないだろ」
『どうして』
「どうしてもなにもない…そう思って当然だ、俺にはわかる」
『……』
「無理して笑うなよ…それにお前は汚くなんてない」
『うそ』
「じゃあ昔お前が俺に言ってくれた、汚くないって言葉は嘘だったのか?」
『…覚えてるの?』
「当たり前だろ、俺はあの言葉に支えられたんだ」
『…!』
「それと、」
何かを言いかけてアッシュは私を見た。
「お前は昔から変わらない、ずっと綺麗なままだよ」
『ッ……』
「肝心な時に助けてやれなくて悪かった」
『……』
今すぐその胸に飛び込んでしまいたい気持ちを抑えて、私は涙を隠すように机に突っ伏した。