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ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH

第27章 眠り姫



オーサー。

その名前を聞いた瞬間、ウッと喉が詰まるような感覚がした。急いでシャワー室に戻りしゃがみこむ。

『……ッ、』

フライの言った匂いってまさかオーサーの匂いじゃないよね…?クンクンと自分の匂いを嗅ぐが、よく分からない。でも鼻が勝手にあのムスクを思い出して苦しくなった。

だめだ、まだ足りない…もう1回入ろう。

服を脱いで洗面台に置くと、嫌でも鏡に映る自分が目に入る。

さっき体を洗った時に思い出した、自分の体の状態のこと。分からないように隠してくれたからすっかり忘れてたんだ、首、胸、お腹、背中、太もも…全身に残されたこの大量の鬱血痕を。

強く擦りすぎて赤くなった肌が少しヒリヒリと痛む。

当たり前だけど、この跡の残る箇所全てにオーサーの唇が触れたということだ。そう思うと自分が酷くいかがわしくて、恥ずかしい存在のように感じられた。

こんな体でアッシュにしがみついて、キスをねだったの?
オーサーに無理やりにされて間もなかったのに、車の中の私はアッシュとのキスで体を熱くして1人で昂って…。

私馬鹿だ…おかしい、気持ち悪い…っそんなだからさっきアッシュは私と目も合わせてくれなかったんじゃないか。


『…っ、やだ…気持ち悪い…気持ち悪い気持ち悪い…』


パサッと洗面台から服が床に落ちる。

目をやるとポケットに入れていたアッシュからのメッセージカードが滑りでていた。


ーー僕はきみの笑顔が大好きだよ。


その文章を目にしたとき、ツーッと涙が頬を伝った。


笑顔…私の笑顔ってどんなだった?
思い出せないよ。
“アスラン”の好きだった笑顔はどれ…?


鏡に向かって必死に笑顔を作ってみたけど、口元も目も上手く動かせなくて全然笑えなかった。笑おうとすればする程に涙が溢れて、違うこんなんじゃないと何度も涙を拭った。


『ぼく、は…きみのえがおが…だい、すきだよ』



アッシュ、アッシュ……





その時、


「…おい、ユウコ」

『っ!!』

ドアの向こうからアッシュの声がした。

「おまえ、大丈夫か?」

『っう、ん…大丈夫、もうちょっと』

「…そうか、わかった」

パタパタとスリッパの音が遠ざかる。


私はバスタブに浸かって頭からシャワーを浴びながら、声を押し殺して泣いた。

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