ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第26章 迷子の唇
無言のまま歩き続けると、車庫へとたどり着いた。
他の残った車はあちこちがバキバキに壊されている中、この赤い車だけが私たちを待っていたかのようにキラリと光る。
私たちは言葉もなく車に乗り込んだ。
シン…と静まり返る車内。
短く息を吸う気配を感じた。
「………ら、」
『ん?』
「脇腹…大丈夫か?」
『あ、うん…深くないから、平気』
「嘘。血出てる…座席倒して」
『え?』
「舐めてやるから」
『い、いいよ…もう止まってるし、だいじょ』
「早く」
感情の読めない声色でそう言われ、私は言われた通りに座席を倒す。
「悪い、ちょっと破る」
ビリッ
次の瞬間、肌を滑る生暖かい感触にピクンと体が跳ねる。
『ん、』
「……痛かった?」
『ちょ、っと…だけ』
舌の感触に反応しただなんて口が裂けても言えなくて、私は誤魔化した。
「…そういやお前、あの時本気で死ぬつもりだったのか?」
“あの時”とは、たぶん自分でここにナイフを刺した瞬間のこと。
『うん…どうしてもオーサーのものになるだなんて誓いたくなかったし、アッシュを殺すなんてもっと出来るわけないし…』
「なら、どうしてここを刺した?」
ーーそう、脇腹は即死出来ず失血死を待たなくてはならない。それまでの間、猛烈な痛みや苦しみを味合うことになる場所だ。
『だってさ…死んだらもう会えないんだなって思ったら、たとえ苦しくても少しでも長く生きて顔を見ていたかったから…』
「…俺の?」
『えっ?』
「なんでもない」
『そうだよ、アッシュのだよ、当たり前でしょ』
「………」
私がそう言うとアッシュは一瞬目を丸くして、ふいと視線を逸らした。
『あ…』
「なんだよ?」
『……ここ、』
私は体を起こして、アッシュの首元の傷に触れる。
「…っ」
『痛い?』
「少しな」
『…私も舐めてあげる』
ゆっくりと顔を近付けて、血が固まった傷に舌を這わせる。