ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第8章 止まらない涙
《アッシュside》
「やあ、アッシュ」
「ああ」
なんだかぎこちない笑顔を貼り付けて、エイジは俺の病室に入ってきた。
「あ〜…アッシュ…あのーーいや、その…」
ああ、分かってるよ、おまえは俺から何を聞きだせと言われてきたんだ?
ここまでウソの下手なヤツは珍しいな…
「…ヤツからきいたろ?昔の俺たちのこと」
ドキッていう音が見えるくらいに動揺したこいつは、もう俺たちの過去を聞いているんだと悟った。
俺はディノを潰さなければならない。
俺に手渡されたあの今だ得体の知れないものは、間違いなくディノに対抗する最大の武器だ。
俺たちが自由になるためには、ディノを…。
たとえ俺に何があっても、ユウコの未来だけは…。
「…俺に万が一のことがあったら、ユウコを頼むよ」
そういうとエイジは、「えっ?」とこちらに目を向けた。
オーサーとの一件があって、ユウコのこれからのことを色々考えた。そして、俺が倉庫で眠っていた時に聞こえてきたユウコとエイジが何かを楽しそうに話している場面を思い出していた。
このエイジという男は見た目よりずっと頼れる。ここぞという時、大きな壁を乗り越える翼を持っている。それに日本なら…今以上に危険な目に遭うことはないだろう。
ユウコとエイジが…共に日本へ。
それが今考えられる最善だ。
…でも。
いや、いいんだ。
ユウコの為なら俺自身なんて喜んで捨てる。
そう生きてきた。
それはこれからも、だ。
「なんか書くもんあるか?」
いまだ未練がましく頭に残る、ある想いを振り切る為に…俺はエイジからメモ帳とペンを受け取ってそのペン先を見つめた。
今まで何度書いたことだろう。
幼い頃、ユウコと遊んで家に帰ると毎夜ノートを開いて嬉々としながらこの文字を書いた。
7歳でレイプされた日、初めて泣きながら書いた。涙で滲むこの文字を見ているとユウコも一緒に泣いてくれているように感じた。
ユウコ泣かせてごめんね、ありがとうと繰り返しながら書き続けた。