ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第21章 New York
「こちらは、私の愛玩ペットのユウコと言います。ほらユウコ、華龍さんに“ご挨拶”を」
ご挨拶、ごあいさつ……
ーーはじめましての男の人は右手を握り、笑顔でご挨拶…
『はじめまして、華龍さま。ユウコ・リンクスです』
「「「!」」」
オーサー、ショーター、ユーシスさん…
驚く視線が痛いほどに刺さる。
でもこれでいい、これでいいんだ。
こうしないと私は…生かしてもらえない。
「…おや?先程までとはまるで別人のようだ」
「うちのが何か失礼を?」
「いえ…ひどく緊張していたようでしたので、このような笑顔を見られるとは驚いてしまいました」
「そうでしたか、さあ華龍さんもお疲れ様でしょう。ユウコ、ソファへ案内して差しあげなさい」
『…はい、パパ。どうぞこちらへ』
手を引きソファへ座らせると、私は足元に座り膝に手を乗せて顔を見上げた。
「キミはソファへ座らないのかい?」
『お膝に乗っても良いですか?』
「…ああ、構わない。どうぞ」
私が膝の上に跨り首に手を回すと、華龍は口角を上げて私を見つめた。
「まるで私を誘惑しているかのようだな」
「…この子は昔から男を惑わすのが上手な子でして、天性のソレではないかと」
「ほう、素晴らしい」
華龍は私の頬を撫でそのまま首の後ろに手を回すと、ゆっくりと顔を近付けた。私が目を閉じると、華龍は私にしか聞こえない小さな声で笑った。
「…先程まで私を睨みつけていた女が、飼い主の前ではとんだイイコちゃんだな?」
私が誘うように唇を舐めると、深く唇が重なった。
「お、おい!」
「黙っていなさい」
ディノがオーサーを一蹴する。
『…っは、ぁ』
「ん、は……これはすごいもてなしだ」
『嬉しい…』
「さあ、ユウコ…こちらへおいで?本題に入ろう」
私は乱れた華龍のネクタイを直し膝から降りた。再びディノの足元に座り膝に手を付き凭れる。まるで飼い猫を撫でるかのようにスルスルと髪の毛を梳かれ、ペットとして生きてきたあの日に戻ったかのようだった。
不思議と何も思わない。
悲しくも、苦しくも、辛くもない。
それどころか安心感さえある。
この人の言う通りにしていれば、私は生かしてもらえる。あの時のことが自分が思うよりも深く根付いているようだった。