ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第19章 Cape Cod
《アッシュside》
互いに口を開かずしばらくが経った。
陽を浴びながら、家の周りを理由もなく歩く。
さっき俺が咄嗟にジェニファの言葉を遮ったのは、ユウコが真実を知れば苦しむことになるだろうと思ったからだ。知る必要はない、とは言い難いが…知らないで済むならその方がいい。
『アッシュ…見て?ここ』
ふいに聞こえた声に振り返ると、ユウコは柱を撫でていた。
「?……ああ、残るもんなんだな」
そこには、数本の傷が段違いに入っていた。これは俺たちが昔、お互いの背を記録していた傷だ。一緒に読んだ何かの物語にあって、真似したのを思い出す。
『こんなに小さかったなんてね』
「…そうだな」
『アッシュは倍くらいに伸びたんじゃない?』
「それはさすがに言い過ぎだろ」
屈めていた体をスッと伸ばしたユウコはグッと背伸びをした。
『…本当はもう少し大きくなりたかったんだけどな』
「どうして?」
『だって…』
そう言って俺を見上げたユウコは、目が合うと同時に慌てたように俯いた。
『…み、見上げてばかりで疲れるの!』
「ふーん?」
なら、これならどうだ。
そう言わんばかりに今度は俺が屈んでユウコの顔を覗き込むと、まん丸く見開いた目とバッチリ視線が合った。
その瞬間、顔を覆いくるっと背中を向けた。
『わ…もう…び、っくりした!』
ごにょごにょと何かを言っているユウコがあまりにも愛しくて、腕に閉じ込めてしまいたくなる衝動を俺は必死に抑えた。
守ってやりたい、
この小さな体が、心が傷つかないように。
…というかここ数日、身長の話ばかりだな。
でもそれも仕方ないくらいに、ここでの思い出は今から遠すぎるんだ。俺たちがマービンに捕まってからの話は、今まで互いにあまり口にしてこなかった。その地獄のような期間があまりにも長すぎて、リアルタイムの話以外は知らず知らずのうちにデリケートになっていたのかもしれない。
そういえば、
「…なあ」
『な、なに?』
「実は俺たちのこと、エイジに話したんだ」
『俺たちのこと…?』
「ここを出た理由と、それからのこと」
『…っ』
ユウコは僅かに肩を揺らした。