ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第19章 Cape Cod
《英二side》
僕を見据えるアッシュ。
その視線に縛られたように何も言えなくなる。
人を殺した時、どんな気持ちになるか…
そんなの考えたこともなかった。
それは僕が日本人だから?
…いや、日本でも殺人事件は起きてる。それに命の重さに生まれた国や人種の差はないはずだ。それでも、少なくとも今までの僕には無縁の話だった。
目の前のアッシュやあの家で眠るショーター、それに…女の子のユウコだって常に生きるか死ぬかの狭間で今日まで生きてきたんだ。
改めて突きつけられたアッシュたちの厳しい現実に僕の中で色々な感情が渦巻く。僕は必死に言葉を探していた。
「…えっと、」
「いや、悪い。
お前には相応しい話じゃなかったな」
彼らに出会ったばかりの頃の僕は、現実に起こる出来事をどこか別の世界線の話のように感じていた。まるで映画の登場人物を見るように。
でも今は、違うとハッキリ言える。
それは、彼らの内側を知ったから。
それぞれが葛藤する姿や血の通う心に触れたから。
きっとアッシュの言うように、何も知らないただただ無力な僕には相応しい話じゃないのかもしれない。でもこのままじゃ嫌だと思った。僕がかつてそう思っていたように、僕だけが違う世界の人間だと彼らに線を引いて欲しくなかった。
…アッシュは、せっかく話してくれたんだ。
僕だけに、その心の内を。
「アッシュ…本当は僕ね、今何かを答えたいんだ。答えたいんだけど…ごめん」
きっと人を殺した時は苦しい気持ちになるだろうね、なんて軽々しく口には出来ないし、したくない。
アッシュはそんな僕の心を読んだように「ああ」と僅かに口角を上げて小さく頷いた。
「でもね、アッシュ、僕はキミが今までどうして頑なにユウコに銃を持たせなかったのか、さっきの質問でハッキリとわかったんだ…キミの愛は、何よりも大きいんだってことも」
「…は?」
「自分や仲間の命よりも何よりも…キミにはユウコが苦しむことの方が堪えてしまうんだね」
「……」
「人を撃つことによってユウコの心が翳るのを恐れている…僕にはそんなふうに聞こえた」
「馬鹿みたいだろ?…エゴだってのは分かってるんだ」
「エゴだって良いじゃないか、
…それほどまでに人を想えるなんて格好良いよ」
僕がそう言うとアッシュはふっと笑った。