ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第19章 Cape Cod
《アッシュside》
「じゃあ僕たち先に降りてるよ」
「ああ」
布団を敷き終えて、4人は階段を降りていった。
俺はグリフの部屋を見渡す。
この家は俺と兄貴以外に使う人間なんかいやしないのに、随分と綺麗だ。定期的に窓が開けられ空気が通されている。
どんなに新しい家も人が通り空気が動かなければやがて朽ち、住めなくなる。古い家なら尚更だ。
あの親父がわざわざこんなことをするはずがない…ジェニファかな。
「………」
ふと机の上に置かれた写真立てが目に入る。
手に取ると俺と兄貴が並んで映る写真だった。
野球のユニフォームに身を包み楽しそうに笑う俺は、このあとの人生がとんでもないことになるなんて微塵も思っていなかっただろう。
平和に、何気ない日々を、
当たり前のように過ごし、
大人になっていくもんだと思っていた。
…それが普通なんだ。
誰に命を狙われることもなく、
誰も殺めず、
生を全うして見守られながら死んでいく。
そっと写真を机に置き部屋を出ると、俺の足が勝手に隣の部屋へ向かっていた。
入った瞬間、あまりの懐かしさに息が出来なくなった。
いつも使っていた机や椅子、ベッドに本棚…。
あの頃は目に入るもの全てが大きく感じていた。それが今はこんなにも小さく感じる。
椅子をひき腰掛けると、ごく自然に手が本棚の下から2段目1番左に伸びた。変わらずそこにあったものを引き抜く。
…ノートだ。
棚と本の隙間に隠れていたからか、それは日焼けせずに割と当時のままの姿だった。
ペラッと表紙を捲ると、棒人間2体が手を繋いでいる下手くそな絵が描かれていた。片方の棒人間はスカートを履いていて、黒い髪に黒い瞳…つまりユウコでその隣は多分、俺。
…まぁ自分で描いたんだから多分もなにもないが。
その次のページを見ると、それは始まった。
「………佐藤、優子」
ヨレヨレの汚い文字。
もちろん初めて書いた時、これを日本の漢字だと認識出来たわけじゃない。最初はただ記憶を辿って記号を書くような気分だった。
それはページを追うごとに文字になって…
綺麗なアイツに相応しい漢字になっていった。
その時
「………ッ!」
ペラペラと捲っていた手があるページで止まった。
…涙で滲み、クシャッと皺の寄るページで。