ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第19章 Cape Cod
《英二side》
早足なアッシュを追いかけて、外に出る。
その瞬間ブワッと風が音を立てた。
「わっ」
僕は思わず顔を腕で覆った。
ふっと顔を上げると、勢いよく部屋を飛び出した割りに怒りとは程遠い表情をしたアッシュと目が合った。
「いい、ところだね」
何か話さなきゃ、そう思ったのは事実だけどこれはここにきてすぐに本当に感じたことだ。
「…何もないところさ。いつも風が強い」
「きらいなのかい?」
前に聞いたアッシュの辛い過去。
その最初の被害を受けた場所はこの土地。
一瞬僕はなんてことを聞いてしまったんだと思った。でもアッシュからはこの地に対しての嫌悪なんて感じられなかった。
僕は遠くを見つめる透き通ったグリーンを見た。
「考えたこともない…好きか嫌いかなんて」
「……そっか、そうだよね」
故郷なんだもんね、ここはキミの。
僕も出雲のことを好きか嫌いかなんて考えたことないや。生まれてからずっと出雲で過ごしてきたから、思い出に溢れた大切な場所ではあるけれど。
…そこで僕はハッとした。
ここにはアッシュの思い出が詰まってるんだ。
アッシュの兄さんや、ユウコとの…。
「ねえアッシュ…なにもないところかもしれないけど、ここにはキミの大切な思い出がたくさんあるんだね」
「……っ」
目を丸くして僕を見たアッシュ。
「…ふっ、なんだよ!その顔」
「お前が突然変なこと言うからだろ!」
「変なこと?…だってそうだろ?ここはキミの故郷で、ユウコとの出会いの場所じゃないか」
「……恥ずかしいヤツだな」
「さてはアッシュ!キミ、照れてるな?可愛いやつ!」
「ああ、そうさ照れてるよ」
「え?」
素直に認めるなんて珍しい。
「…俺はこんなところに2度と帰ってくるつもりはなかった、あの日全て棄ててここを出たからな。でも、いざここに来たら不思議と恨みも憎しみも思ったほどに感じない」
「……」
「それはお前が言うように、ここに特別な思いがあるからってことだろ」
嬉しいのか悲しいのか、どちらとも取れないような表情でアッシュはそう呟いた。
「きっとそうだよ」
アッシュのこの顔を見る度に、僕は彼の幸せをただただ願うばかりだった。
しばらく2人で風の音を聞いていると、ショーターが「手伝うぜ」と言って降りてきた。