ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第19章 Cape Cod
「ジェニファ」
「これ持ってって!この家には電気がもう通ってないの、それから食べ物を…」
「サンキュー、ジェニファ」
「…ねえ、アッシュあの人のことなんだけどねぇ…本気じゃあないのよ…あんたが帰ってきてくれて…あの人もほんとは嬉しいんだわ」
「…いいんだよジェニファ、あんたは優しいね」
『……ッ』
優しい?…そんなわけない!この女は…まだ幼かったアッシュをこの家にひとりぼっちにして…それでも自分だけはアッシュから嫌われないように振る舞う卑怯な女だったのに…!
「…あんたみたいな人がなんであいつといるのか不思議だよ」
「ねえ、お願いよ、そんなふうに言わないで」
「わかったよ…ごめん、じゃあねジェニファ」
私を除くメンバーは数段の階段をのぼり先に部屋に入り始めていた。
「明日店に来てね、朝食を用意するわ。
…それから、ユウコ…あのね、あなたに話さなくちゃいけないことがあって……」
『……』
私はふいっと体を彼女から背けた。
「っ…またに、するわ。あなたもゆっくり休んでね」
なかなか部屋に入ってこない私の様子を見にアッシュが戻ってきた。
「…おい、ユウコどうかしたか?」
「あっ…じゃあ、また」
パタパタと足音が遠ざかる。
「…おい?」
『あ……ううん、なんでもない』
「ちょっと待った……ほらよ」
階段を上ろうとした私にアッシュが突然手を差し出してきた。
『え?』
「…あの日おまえ、ここでつまずいてたろ」
あの日って…ケープコッドを出た日のこと?
『……そう、だっけ?』
「え、覚えてない?…まぁ必要ないならいいけどさ」
スッと戻されていく手、
『…あ!』
私は急いでそれを握った。
キュッと包まれた私の手。
何故か少し困ったような目で口角を上げるアッシュを見上げる。
ーー「山猫の王子様」
不意にそんなワードが頭に浮かんできた。