ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第19章 Cape Cod
「……BAR?」
『…ん、そうみたい』
階段を降りていくと正面に入り口が見えた。中に入ると薄暗い店内にはムーディなBGMが流れている。
ヒューゴと女の人はカウンターに座っていた。
『…………』
「…隣、いくぞ」
立ち止まる私の腰に手を当てて、アッシュはヒューゴの隣の席へと歩き出した。
キュッとカウンターの椅子が音を立てる。
「何にします?」
「あー、シーバスリーガル12年と…シャーリーテンプルを」
アッシュは私の顔をチラッと見てカクテルを頼んでくれた。
「シャーリーテンプル?レディキラーではなくて?」
「…そんな卑怯な男に見えるのかな?心外なもんだな」
「どうぞ」
私とアッシュの前にそれぞれグラスが置かれた。私のカクテルはオレンジが鮮やかでとても美味しそうだ。こういう時、いつもアッシュが私の分も注文してくれる。
『美味しそう…ありがとうアッシュ』
「ああ」
私がグラスに口を付けた時、アッシュの向こうで2人の話し声が少し聞こえてきた。
久しぶりに聞いたヒューゴの声は消えそうな程に小さくて、あの時のものとはまるで別人のようだった。でもそれは確かにヒューゴの声で、懐かしさに胸が締め付けられた。
トントン…と指でテーブルを叩くアッシュに目を向ける。「間違いなくヒューゴだな」と口をパクパク動かす彼にうんうんと頷いた。
隣に座ったは良いものの、どうやって切り出すべきなのだろう…。アッシュもなにかきっかけを探すように、キョロキョロと僅かに視線を動かしていた。
その時、突然例の女の人が少し大きな声をあげた。
「…最低!」
「『!』」
「…なんだレイラ、突然」
「あなた無意識なのね、どうせ私はあなたのタイプの女じゃないわよ!わかってるんだから!」
「レイラ…飲みすぎたんじゃないか?」
「あなたはいつもそう!そうやって黒髪の若い女の子ばかり目で追いかけて…!今だってあっちの奥の女を見てたでしょ!それに気がついた時私がどんな気持ちだったかわかる!?」
「それは…違うんだ」
「違わないわよ!」
「違…いや、…違わないのか」
「っ!…ほらやっぱり!最低よ!」
女の人が指をさす席を見ると確かにそこには黒髪の女性がいた。思わず私はアッシュに隠れるように小さくなった。