ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第16章 それでも前へ
『……アッシュ』
「なに?」
『…っ……抱き、しめて?』
「!」
握ったままのアッシュの手がピクンと跳ねた。
『今日だけ、今だけ…。起きたらわたし、またしっかりするから……だから…っ』
おねがい
私がそう言い切る前に、グイッと力強く引かれた。
『…っ!』
気が付くと私の体はアッシュの腕に包まれていた。
『……ア、シュ』
「特別、だぜ?」
耳元で囁かれる声に顔が熱くなる。
『………っ、あっしゅ』
堪えきれずに首に腕を回して抱きつく。
鼻腔をくすぐるよく知るこの匂いを体の奥底まで行き渡らせるように、深く深く息を吸う。
ああ…。
会えなくなってしばらく経つけれど、忘れていない。久しぶりに抱き締められたあの朝のあの体温。膝の間にすっぽりと収まって体と体に隙間がないくらいにキツく腕が回されたあの感覚。
今、全てが鮮明に蘇る。
アッシュの胸に擦り寄ると、トクントクン…と少し速い鼓動が聴こえてきた。
『……』
心の穴を埋めるようにじんわりと流れ込んでくる幸福に私はとても満たされていた。
でもこれは…
期限付きの幸福。
何故ならここは夢の中だから。
起きれば全てが消えてしまう。今ここにいるのは確かにアッシュなのに、この温かさは現実のものじゃない。
これは…幻。
私の願望の世界。
夢の中だけで良いなんて納得したふりして、その事実に段々胸が苦しくなる。
『…っ』
「ユウコ…?」
『……っ、あいたい…』
「え?」
『ッ、…っう、ぅ…っく』
「どうした、ユウコ」
『あ、いたい…ッ…あいたいよ…ぉ…アッシュにあいたい…っ』
「………」
私がこんなことを言ったらこのアッシュはきっと困ってしまうんだろうな…
変な状況だもんね。
…アッシュに抱きしめられながら、アッシュに会いたいと泣くなんて。
『ねえ、アッシュ…っ…いま、何してるの?どんなふうに…過ごしてるの?…私のこと、忘れてない…?アッシュだけが刑務所なんて…どうして…?私もずっと一緒だったのに…!私だけ……どうして…外にいるの』
「………ユウコ」
『…心配だよアッシュ…ぅ、あいた、い…っ』
夢の中なのに何故かドッと疲れて、頭がぼんやりしてきた。