ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第16章 それでも前へ
徐々に広がっていく視界。
『…っ!』
私は思わず息を飲んだ。
ーーアッシュだ
全身に力が入り、ただ口がパクパクと開くだけで声すら出ない。呼吸や瞬きさえ忘れて私はただ目の前のアッシュを見つめていた。
アッシュはそんな私の視線に困惑したように頬を搔く。
夢、だよね…?
これは夢なんだよね…?
私はその美しいブロンドから足の先までをじっくり眺めた。
起きてしまえば曖昧な記憶しか残らないのかもしれないけど…それでもこの数ヶ月でこんなにもハッキリとした夢を見たことはなかった。
ふとグリーンアイズと目が合ってギュッと胸が痛むこの感覚はまるで本物みたいに切ない。涙で揺れる視界はこんなにもリアルだ。…喉の奥がツンと苦しい。
会いたかった、
…ずっと会いたかった。
私は恐る恐るアッシュに手を伸ばす。
『……っ…』
あと少しで触れられるというのに、指の先が怯えてスッと引き返してしまう。
触れたら消えてしまうかもしれない、
何故か直感でそう思った。
せっかく会えたんだ。触れたい、話したい…でも私の体は何一つ思い通りには動かない。
私は俯きながら長く綺麗なゴツゴツとした手を眺めていた。
ポタポタと何度も涙が膝に零れる。
すると、
「……ユウコ、」
ひどく甘いトーンで名前を呼ばれた。
顔を上げ再び目が合った瞬間、アッシュは優しく目を細めた。
『っ!』
「泣くなよ」
そう言ってアッシュは私に右手を伸ばした。
もし触れたら…目が覚めて……
っ、だめ!
私は反射的に身を縮こめる。
「…ユウコ?」
『ま…っまだ、おきたくない』
「……」
『…きえないで…』
「消える?」
『さわったら…目がさめて、きえちゃうんでしょ…?』
「…“夢”だから?」
コクンと頷くと、アッシュは伸ばしかけた右手をパーにして私の前に出した。