ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第16章 それでも前へ
大好きな体温、
香り、
瞳、
唇
『……ァ、…シュ…』
そう声を発した瞬間、今までの心地良さが嘘みたいに体に不自由さを感じた。
『……ん、』
瞼がすごく重い。
腕も足も鉛が付いたように上手く動かせない。
『………』
これは布団…?
私、今横になってる?
その事実に強い違和感を覚える自分がいる。
なんだろう…
おかしいな、すごく心がザワつく。
あれ…?
そういえば私、何してたんだっけ。
何故かぼんやりとする頭を必死に動かす。
『……っ!!』
そうだ
私はあの小屋からショーターを追いかけて、路地で知らない男たちに捕まって薬品を…。
…ということは、ここはその男たちに連れてこられた場所?
『……ば、か…』
…体力が落ちていたせいで、あの時踏ん張りきれなかった私の体。自分の力を過信して油断したからこんなことになった…これは全部私のせいだ。
やっとの思いで目を開き、あたりを見回す。
誰もいない。
…もちろん、アッシュも。
『………っ、』
あまりの情けなさに涙が出てくる。
自分を連れ去ろうとする知らない男の体温とアッシュを重ねて、瞳や唇まで想像して夢を見てただなんて。
『っ…ありえ、ない』
ずっと会えていなかったからって、それほどまでに私はアッシュのことを恋しく思っていたのか。アッシュはまだ刑務所の中にいるとわかっているのに。
……私のばか。
…でも、ここでいつまでもメソメソとしていたらそれこそ本物の馬鹿だ。
なんとかして逃げなくちゃ…
重い体にムチ打ってベッドから這い出る。
窓の外を見ると日が沈んで、今はもう夜だった。
この部屋の雰囲気…チャイニーズ?
礼儀やしきたりを重んじるチャイニーズがショーターを裏切るとは考えにくい。
じゃあ、敵はだれ…?
話が聞こえないかと耳をすませてみても、厚みのあるドアの外からは音が一切聞こえてこない。
もし今このドアを出て外に見張りがいたら…
『………』
いや、その時はその時だ。
このままここで大人しくしているなんてどうしたって出来ない。
頬の涙を拭い、意を決して私はドアを開けた。