ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第14章 消えない傷
《ジョセフside》
俺はユウコのいる部屋の前へと戻ってきた。
アッシュからクリスの話を聞いた時、第一に頭に浮かんだのは“あのクリスが?”だった。
とても信じられなかった。いつも笑みを浮かべていて、誰にでも朗らかに接することの出来る絵にかいたような良い子だと思っていたから。
だが、アッシュがそんな不毛な嘘をつくとはどうしても考えられない。…理由は分からないが、クリスとユウコの間に何かがあったことは間違いないのだろう。わざわざキスマークをつけるだなんてまるで意図が見えないが。
俺がパパの元に仕え始めてすぐの頃、クリスは集団収容室から個室を与えられたらしい。それは前例のないことだと聞いた。ここでの仕事に慣れ始めた頃、俺はその意味を知ることになる。
集団収容室に入れられた子供たちは、一定時間をあけて飴玉に似せた麻薬を与えられ全員が酷い中毒状態だった。その環境下で自我を保っているというのはまず有り得ない。
そもそも今までに個室を与えられてきた子供はいずれも最初にここに来たその時にそうなることが決まる。街中で一人歩きをしている子供を連れてきて、収容時にパパが声を掛ければ個室、そうでなければ集団収容室。
集団収容室の子供たちは、言ってしまえば今までの記憶も今起こっていることも、終いには自分のこともわからずに死んでいく。
個室の子供は普通以上の生活をすることは出来たとしても、毎月15日複数の客の性行為の相手をさせられるのには変わらない…それに加えて日常のパパの相手もだ。思考がしっかりしている分痛みや苦しみ、恐怖に怯える日々を過ごすのだろう。そしてやがて成長し、客がつかなくなると手下連中で輪姦した挙句ゴミのように棄てられる。個室だから幸せなのか、それは違うと俺はハッキリ言える。
「……」
クリスの部屋のドアはここからも見える位置にある。一部屋が大きいとは言えどわずか数メートルほどの距離だ。だとしてもクリスがこの部屋を訪ねてくる可能性は低い。もし仮にここに来たとしてロックがある、ユウコが自らドアを開けない限り部屋に入ることはできない。パパの言いつけを守っているユウコがドアを開けることはないはずだ。
…今日も何もなかったと報告出来そうだな。
部屋の前に立ち始めて1時間程が立った時、ある人物に声を掛けられた。