ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第14章 消えない傷
《アスランside》
あれから少しが経ったけど、今のところ何も問題は起きていない。僕の留守中に廊下に立ってくれているジョセフも変わったことはないと報告してくれた。
部屋にいる時に物音がすると僕にしがみついて怯えていたユウコも、段々落ち着いて笑顔が増えてきたと思う。
今月の例の15日。
1度廊下でクリスと顔を合わせたけど、あの日の形相が嘘みたいに前と変わらない態度で「アッシュ」と僕の名前を呼んで笑っていた。…やっぱり考えすぎだったのかも、そんな考えすら僕の中に浮かんでくる程だった。
そういえば、その15日に相手をした内の数人の客にこんなことを言われた。
「メスとしてのアッシュを可愛がれるのはこれで最後か」
「次会う時、私のレディは男としての悦びを知っているんだね」
僕たち商品に性器を挿れながらああだこうだと饒舌になる客は少なくないし、あまり気に止めてはいないけど。
それ以上に、僕が精通を迎えたことに気付くとみんな決まっていたずらに性器に触れてくる。今の僕にとっては、それが耐え難い苦痛だった。嫌で嫌で仕方ないのに意志と関係なく反応するこれは本当に僕の身体の一部なのだろうか…。
『アスラン、見て?』
その声にユウコを見ると、ベッドサイドランプをカチカチとさせていた。
『--・ --- --- -・・ -- --- ・-・ -・ ・・ -・ --・』
「……あはは!ユウコ、もうお昼過ぎだよ?」
僕たちはモールスでちょっとしたやり取りが出来るようになっていた。本当はSOSのような危機的信号を送るものだということは知っていたけど、一瞬の集中と緊張が楽しくて本を読みながら繰り返しているうちにいつしかお互い全ての信号を覚えてしまった。ジョセフの前でやってみせたら信じられないというような顔をされたっけ。
今のは“ G O O D M O R N I N G”
「そういえばユウコ、前のやつもう1回やってみせてよ」
『前のやつ?』
「うん!ほら、前に僕が答えられなかったのがあったでしょ?今なら分かると思うんだ」
『…っ…あれは、だめ』
「えぇ、なんで?」
『なんでも!』
ユウコは顔を紅くしてそう言った。
その時、部屋のロックを解除する音が聞こえた。