ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第14章 消えない傷
アスランは深く息を吐いて、私の頬に触れた。
そして目を見つめられる。
『っ…』
「ユウコ…あの日、クリスの部屋に何を忘れてきたのか教えて?」
『…っ!』
「…帰ってきたユウコは何も持っていなかったよね?この部屋を出る時だって、キミは何も持っていなかった」
確かにそうだ、
そう言えと言われてその通りに伝えたけど…そのあと私はクリスから離れることしか考えていなくて何も持って戻らなかった。私は必死に言い訳を考える。
『ぇ…っと……』
「………2人は、何がきっかけで仲良くなった?何の話で盛り上がった?」
『………』
「2人で過ごした時間は、本当に楽しかった?」
アスランは考える隙も与えてくれない。
『…えっと……あの…』
「………ユウコ、」
名前を呼ばれ、ふとアスランの目を見る。
「何を忘れてきたことにするか、決まった?」
『……っ、』
「それとも…もう少し考える時間が欲しい?」
…もしかして、
アスランは最初から私の反応を見てた?
最初の質問がもし事実だったら、悩む時間なんて1秒もいらない質問だ。
私が目を逸らすと頬のアスランの手に力が入る。
「ユウコ…僕の目を見て?」
真っ直ぐ見つめてくるアスランに私はどんな言葉も紡げず、ただ震える手を自分で押さえるように握っていた。
涙がじわじわと迫り上がって、目の前のアスランがだんだんとぼやけ出す。
私が縋るように見つめてもそのグリーンアイズにいつもの温かさはなくて、逃がさないとばかりに強く見据えられる。
『……ぅ…っ』
いよいよ流れ出した涙がアスランの手を濡らす。
『……ア…ス…ッ…』
「………うん」
沈黙が怖くて何か言わなくちゃと口を開いたけど、続く言葉は思い浮かぶはずもない。
『…ぁ、の…ちがうの……あの、ねっ?…』
「ユウコ、ごめんね…もういいよ…」
そう言ってアスランは親指で私の涙を拭った。
『ち…っ…ちがくて…っ』
「もう、いいから…」
『…っう…ぅ…』
きっとバレてしまった。
あの日必死についた嘘がぜんぶ。
今恐怖と不安でいっぱいなのに、不思議と胸のつかえが取れていくのを感じた。
私がアスランに嘘をつくことをこんなに苦しいと感じていたなんて…今初めて知った。