ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第3章 最悪の目覚め
それからしばらく私はアッシュの腕の中にいた。こんな風にアッシュの体温に包まれたのはどれくらいぶりだろう。
突然アッシュは私に触れなくなった。ディノの元を2人で離れたあの時からだったと思う。それまで毎日触れ合っていたのに…いや、触れ合わされていた、のか。
アッシュは私の首元に顔を埋めたかと思うと、深呼吸して私を離した。
出掛けると言って部屋を出ていくアッシュにいってらっしゃいと声をかけ、時計を見る。
『まだこんな時間か…』
窓の外を控えめに覗くと、ニューヨークの街並みはまだひっそりと息を潜めていた。
『アスラン…』
先程の夢の中の彼を頭に思い浮かべる。髪はふわふわで大きな瞳、愛らしいという言葉がぴったり。それでも自分を盾にして私を必死に背中に隠し幼いながらも男らしく守ってくれた。
『アスラン、ありがとう…』
ソファに座り、膝を抱える。
『アッシュ…』
自分の口から発したその名前は、本当に私の声なのかと疑うほど女っぽい色味のある声だった。
アスランをアッシュと呼ぶようになったのは、自発的なものだった。アッシュは今やストリートギャングのボスで、その近くにいる私が本名を不要位に口にしない方がいいと考えたからだ。アッシュにはそう伝えた。
でも本当の理由は、
私だけの《アスラン》でいて欲しかったから。
それは知らず知らずのうちに私にとって、とても重要なことになっていた。私だけが彼をアスランと呼べる、その事実だけが「お前は彼の隣にいていいんだよ」と言ってくれる気がしたからだ。
それにしても、強く抱き締められた体がまだ熱い。彼の体温に触れると、私の奥底から「もっと」という声が聞こえる。底なしに彼を求めてしまいそうになる。
そういう“命令”はもう、
誰からもされていないのに。