第1章 いのち短し恋せよ乙女
その店にやって来て1時間以上経った。何故この貸衣装の店にそれ程長い時間いたのかと言えば、意外にも彼の辛口ファッションチェックが始まってしまったからだ。
やれ赤いドレスは太って見えるだの、青いドレスは貴様の肌の色に合わないだの、かなり辛辣な事を平気で言ってくる。
挙句こんな事を言ってきた。
「ふん、行くぞ。」
ただその一言だけ言うと、人を散々着せ替え人形にして遊んで私を店から連れ出した。私だけでなく貸衣装のお店にもかなりの迷惑だっただろうと、私は憤慨した。
「ねぇ、散々人には辛辣な批評した挙句、最後は何もせずにお店出るとか、凄くお店のマダムに失礼じゃない!しかも私が着たいなら好きにしろとか言ったくせに何よ!」
「全く。貴様は自分を見る目が無いのか?愚かな。」
そう一言だけ言うと、携帯端末を片手で弄りながら、雑踏を私の手を引きながら進んでいく。
そして1軒の店の前までやって来た。そこは洒落た、いかにも高級そうなブティックだった。
「貴様に似合わぬ物を着せたくないだけだ。」
「へっ?」
店の前でぽかんとする私を再びぶっきらぼうな調子で、店の中に引きずり込んで行く。そして、店の者とこれまた流暢に何か話し込むと、私は店員にそのまま店の奥へと連れていかれ、何が何だか分からぬまま身体中を採寸される。ものの数分で採寸が終わった。
「さて、用事は済んだな。ホテルへ戻るぞ。」
何が何だか分からぬまま、ホテルへと連れ戻された。そして、当の本人は一日中歩き回って疲れたとか言って、あとはディナーの時以外は部屋でじっと本を読んで過ごしているだけだった。
こうしてヴェネツィアでの休暇の一日目は、腹立つ事を言われたかと思ったら、訳の分からぬ行動を取る彼に翻弄され、全く理解が追い付かないまま悶々とした気持ちで終わった。