第2章 不思議の夢の歌劇愛好家«ミュージカルマニア»
晩年のヴィクトリア女王のような黒のモーニングドレスに、綺麗にセットされた頭にティアラを載せ、侍女を引き連れた広津さん皇太后が仁王立ちで私を見下ろす。
「ふん、さっさと起き上がり、なさい。全く。」
恥ずかしそう扇で口元を隠しながら消え入りそうな声で台詞を言う。そんな様子に、舞台上でずっこけた自身の恥ずかしさはどこかへ消え、心の中で広津さんありがとうとガッツポーズをしながら起き上がった。とは言え、この配役は余りに気の毒だし、正直に言えば吹き出すのを堪えるのがやっとだった。とりあえず、私は広津さん皇太后に話し掛ける。
「えっと、あの、広津さん、すみませんでした、ありがとうございます?」
「まっ、まぁ!なんて、口の、きき方、かしら?いい、お聞きなさい?!」
そう言うと、恥ずかしさなのか、皇太后になりきってなのかは分からないが、顔を真っ赤にして広津さん皇太后が歌う。
ーよくお聞きなさい
なんて恥ずかしい小娘
こんな小娘が突然皇后なんて
偉大な帝国の皇后
それは皇帝陛下の第一の下僕
それは帝国の第一の侍女
今日からこの私が
あなたに教えてあげる
立派な下僕になれるように
敏腕な侍女になれるように
子供時代は終わりよ
さぁ全て私の言う通りにするのです
皇帝陛下と帝国の為にー
カウンターテナーの、アルトの音域で歌う広津さん。若干やけくそ感が否めないが、怒涛の勢いで怖い姑になりきっている。広津さん、お疲れ様ですと私は再び心の中でエールを送った。
「母上。全く貴方と言う方は…。
さんはまだ宮廷に来たばかりですよ。そう言った事は、明日からゆっくり教えてあげれば良いではありませんか。」
「何を、言って、いるのです、陛下。甘やかして、いけません。」
安吾さんと広津さん皇太后がちょっと諍いを始める。とりあえず私のせいで安吾さんと広津さんの諍いが始まったようなので、私も口を挟んだ。
「あっ、あの〜、皇太后様、失礼致しました〜。」
私はそう言って愛想笑いでお辞儀をすると、再び広津さん皇太后は、顔から蒸気でも上がりそうな程に顔を真っ赤にした。そして、
「まぁ!なんて、厚かましい!」
そう言うと、暴走機関車のように侍女たちを連れて舞台の袖へとそそくさと退場してしまった。