第1章 いのち短し恋せよ乙女
勿論、サン・マルコ寺院からの広場の眺望は壮観で、バルコニーの彫像も素晴らしい。私が特に気に入ったのは、ドゥカーレ宮殿だ。外観のがっしりとした雰囲気に相対するように、内装はただただ息を飲むような壮麗さ。また現在は美術館として機能しているため、ルネサンス期の美しい絵画の数々も堪能した。
そういうものに疎そうな彼も、意外にもしげしげと作品を鑑賞したり、どこまで理解しているのかは分からないが、イタリア人のガイドツアーに混じったりして話を聞いていた。
朝からそうした観光スポットを巡ったにも関わらず、とうに13時を過ぎていた。そのくらいの方がレストランも空いているだろうし、逆に好都合だと私は思った。
「ねぇ、龍之介、おなか空いたね。ごはん食べに行こっか。」
「ああ、そうするとしよう。そこのレストランのイカ墨パスタが安価で、美味しいという話を聞いた。行くぞ。」
そう言うといつものぶっきらぼうな調子で私の手を引いて、真っ直ぐにレストランに向かう。いつの間にそんな情報も手に入れたのか。今回の旅では驚かされる事ばかりだった。
実際彼が連れて行ってくれたレストランの料理は、絶品だった。私は余りの美味しさにイカ墨パスタを頬張ったのだったが、彼は少し呆れた顔をして呟いた。
「ふん、口の周りがイカ墨で汚れている。少しは落ち着いて食事も出来ぬのか。」
そう言うと膝の上に広げていたナプキンで私の口元を拭ってくる。しれっとそういう事をしてくるから心臓に悪い。
「ちょっと、子供扱いしないでよ!というか、龍之介、お昼全然食べてないじゃん!ほら、あーんして!」
子供扱いしてきた悔しさから、自分の皿のイカ墨パスタをフォークに巻き付け彼の口元へ差し出す。きっと私を睨みつけるが、観念したようにため息を吐き、目を背けながら少し恥じらって口を開ける。そして、食レポはぼそりと一言。
「値段のわりになかなかの味だな。」
私は満足げにニヤニヤとすると、彼は真っ赤になって店の外の通りを眺める。