第1章 いのち短し恋せよ乙女
空港から陸路で小一時間、漸くホテルに到着した。ホテルはポートマフィアの首領専属秘書という権力と財力を使い、五つ星を予約した。ヴェネツィアのランドマークたるサン・マルコ寺院のすぐ傍のホテルだ。内装はとても豪華でまるで宮殿のようだった。
「いらっしゃいませ、シニョール、シニョリーナ。」
黒のスーツを纏った伊達なイタリア男のボーイが出迎える。私は拙いイタリア語で予約した芥川とだとその男に伝えようとした時だった。
「僕の名は、芥川。そしてこちらは僕の恋人の。部屋は予約している筈だ。」
流暢なイタリア語を使い、龍之介はボーイに話し掛けた。
その伊達なイタリア男は、まさか目の前にいるひ弱そうな東洋人が流暢なイタリア語を操るとは思ってもいなかったようだった。勿論隣にいた私も驚いた。
「失礼しました、シニョールアクタガワ、シニョリーナ。お部屋迄ご案内致します。」
私達を見くびっていたようだったそのボーイは、急に丁寧な対応になった。
「ふん、この程度の会話が出来なくて海外旅行なぞに行こうと思っていたのか、貴様は。」
「なっ、そんな事ないし!私だって多少はイタリア語勉強したし!」
さっきまでグロッキーだったのが嘘のように、涼しい顔をして意地悪を言う。そもそも旅行に興味なんかなさそうだったくせに、そういう所は実はしっかりとしていて。しかも完璧にしてくる所が彼らしくて、憎らしい。
ボーイに荷物を持たせ、部屋に案内させる途中のエレベーター。私はそこまでではないつもりだったが、ちょっと不機嫌な顔をしていた。急に日本語で独り言を呟くように彼が言った。
「旅行に行くという行為自体、いつ何時面倒事に巻き込まれぬかも知れぬと言うに、殊に異国となれば言葉の1つも話せぬようではおのが身は疎か、貴様を守ってやるにも一苦労故に覚えた迄だ。」
私はその言葉にハッとして、彼の顔を見ようとしたが顔を背けられた。そして次の瞬間には、自分の不機嫌な表情が緩むのを感じた。
確かにちょっとはムカついたけど、言い訳なんてわざわざ言わなくてもいいのに。そんなに耳を真っ赤にして言うことだろうか。本当にそういう所は不器用な人だ。
またクスリと笑いたくなったけれど、今笑ったらこの後帰国するまで臍を曲げ続ける気がしたので我慢した。