第2章 不思議の夢の歌劇愛好家«ミュージカルマニア»
少しの沈黙のあと、安吾さんが再び話し掛けてきた。
「さん、私との結婚がそんなにお嫌でしたか?」
と、少し悲しげだった。私はそんな表情にちょっときゅんとしてしまった事に驚き、慌てて答えた。
「い、いえっ、そんなことはないです!」
「…無理、していないのですか?断って頂いても良いのですよ?
でももし、貴女が私の妻になってもいいと思ってくれているのなら聞いて欲しい事があります。」
そう言うと、安吾さんはドキッとする程真剣な表情で私への想いを歌に託した。
ーおとぎ話のように
貴女と真実の愛で結ばれたい
貴女に出逢うまでは
そんな無邪気な夢は諦めていた
それなのに一目で心奪われた
咲き染めたばかり野薔薇のような
自由の内に戯れる妖精«ニンフ»のような
おとぎ話ならどれだけ良かったでしょう
貴女が私と結ばれることは
私達だけのものでは無い
平凡な男だったらどれだけ良かったでしょう
貴女が私の妻になることは
貴女は最早自由ではない
貴女にとって皇后とは
貴女を苦しめる孤独な玉座となるでしょう
それでも私は貴女と結ばれたい
もし望んでも良いのなら
どうか私と結婚して欲しいー
真面目な安吾さんらしい、孤独な若き皇帝陛下の名演技に、思わず拍手しそうになったし、思わず私は、
「はっ、はい、アンゴ皇帝陛下!その結婚、喜んでお受け致します!」
と答えてしまう。そんな私の台詞(?)に、安吾さんは一瞬ハッして、そして次の瞬間には普段仕事中には見られないような、少し頬を赤らめ優しい微笑みを私に向けて、
「ありがとうございます、さん。私は世界一幸せな皇帝です。では、貴女を迎える準備がありますので、名残惜しいですが一度宮廷へ戻ります。
それからこれは愛の証です。」
そう言うと私のベッドに軽く腰掛けて、ズボンのポケットから小さな箱を取り出した。中にはダイヤの取り巻きが施された大粒の青い宝石の指輪が入っていた。安吾さんはそれを私の左手の薬指に嵌めると、そっと口付けを落とし、そして、少しはにかんで優しい目をして、舞台からはけていった。
そして、この時ほど、私がこの同僚の事を男性として意識したのは瞬間はなかった。