第2章 不思議の夢の歌劇愛好家«ミュージカルマニア»
ー暗転ー
気付くと中也さん、もとい、チュウヤ・ナカハラの姿はなかった。舞台は私一人でほの暗い。舞台の真ん中に、フリフリの、エリス様が着ているようなドレスを着て座っている。
暗い舞台の袖から、誰かの足音が響く。暗闇からほの暗い舞台の中へ、その人物は徐々に姿を現した。それは、さっきまで中也さんとスピーカー越しに喋っていた最年少幹部の太宰さんだった。
そして彼もまたいつもの服装とは少し違った出で立ちをしていた。いつものスーツよりも体のラインが出るような細身の真っ黒の長めのジャケット、襟元が大きなリボン結びの出来るようになっている黒のシャツ、そして、これまた黒の艶やかなブーツを履いて、手には柄の部分がシンプルな銀製のコリントの装飾のある黒いステッキが握られている。
勿論、包帯は忘れてはいなかったが。
「おや、こんな所に美しい姫君が!どうか私と心中して頂けないだろうか!」
そう言って太宰さんは脇にステッキを置いて跪き、私の手を取った。
太宰さんとは、安吾さんの同僚という事で何度か話をした事はあるが、かなりの美青年だと言うのに、少々残念なところがある人だと私は思っている。
「あの〜、太宰さん?折角のお誘い嬉しいのですけれど、私、まだ人生を謳歌したいので辞退させて頂きます。」
と、いつものように私はなるべく丁重に、にこやかに、お断りした。
「え〜、そんな意地悪を言わないでおくれ、さん。キミは知らなかったと思うけど、私は以前からキミの事を好ましく思っているのだよ?」
と、太宰さんはむくれ顔で話し掛けてくる。