第2章 不思議の夢の歌劇愛好家«ミュージカルマニア»
ハッと目覚めるとそこは、黄金の装飾、臙脂の緞帳、そして吊り燭台«シャンデリア»が煌めく美しい劇場だった。私は舞台の真正面の、1番前の客席に座っている。他にお客さんはいない。それにも関わらず、オーケストラピットでは楽団のメンバーが開演に向けて各々楽器の調整の為に音を響かせている。開演前の、あのそわそわとした雰囲気が漂っている。
「あれ、私、仕事中に梯子から落ちたんじゃなかったっけ…。」
私が訝しく、先程までの記憶を手繰っていると、オーケストラがチューニングを始める。コンサートマスターのラの音を基準に、次々に音程を合わせてゆき、1つの渦となったかと思うと消える。そして客席が暗くなった。訳の分からぬ状況だったが、こうした劇場の雰囲気に、つい反射的に姿勢を正して観る体勢になってしまった。
ふと右手に何か握っているのを感じた。暗い客席で、舞台の微かな照明を頼りにそれが何なのか確かめようとした。それはチケットの半券のようだったが、何故か文字が読めない。
舞台の幕が上がる。舞台は暗く、重厚なゴシック調の棺のようなセットが並んでいる。その中に帽子を被った黒ずくめの男が現れた。何処かで見た事のある男だと思えば、それは幹部候補の1人の中原中也さんだった。ただ、少しおかしなところがある。それは、いつも洒脱な服装を好む伊達男の彼が、黒いヨレ気味のジャケットに、これまたヨレ気味の黒のボーダーのカットソー、そして帽子は相変わらずといった出で立ちだった。また片方の手首には手錠が掛けられている。