第1章 いのち短し恋せよ乙女
「人混みの上に、貴様はそんな動きにくいものを着ている。僕から離れぬようしっかり腕を組んでおけ。」
そう言うと腕を差し出してくれる。私は素直にそれに従い、腕を組む。彼はサンマルコ広場を背に真っ直ぐ正面の船着場を目指す。
そこには高級そうなソファが誂られた一艘のゴンドラが待っていた。
「乗るぞ。」
彼はそう言うと先に乗り込んで、手を差し伸べてくれたが、私はドレスを着ていて、どうやって乗り込んだらいいのかとおたおたしてしまった。すると、手を掴まれ、引っ張られた。ゴンドラが少し揺れる。水が撥ねた。
「ちょっ、ちょっと!」
彼の腕の中に抱き止められていたが、水の中に落ちるのではと気が気でなかった。
「おい、暴れるな。大丈夫だ、何があっても貴様のことは僕が抱き止めてやる。」
それは魔法のように私の心にすとんと落とし込まれ、水に落ちたらという不安は一瞬で消えた。彼が言う事は、どんな事でも嘘じゃないと思える。それは彼の日頃の姿があるからかもしれない。
私たちはソファに腰掛けた。彼はゴンドリエに行く先を告げる。ゴンドラは静かに水面を滑り出す。私は龍之介の手を握り、彼もまた私の手を握り返した。そしてそっと囁くように問い掛けた。
「どこへ向かうの?」
「貴様の望みを叶えてやる。」
「いやいや、それ答えになってないけど?まっ、いっか。こんな素敵なドレスを着て、王子様みたいな龍之介見れたら充分だよ。」
そう言って上目遣い気味ににっこり微笑めば龍之介はため息をついた。
「はぁ…。貴様はどこまで欲が無いのだ。全く…。」
暫し私たちは目的地迄の船旅を楽しんだ。夜のヴェネツィアの街はそれぞれの建物から盛れる淡い灯りで幻想的な雰囲気を醸し出していた。