第1章 いのち短し恋せよ乙女
「なっ、なんだ、テメェ!」
と、チンピラはイキり立ったが、その貴公子の放つ怒気に気圧されたようだった。
「もう一度だけ言う。貴様が腕を掴んでいるそこな娘は、僕の最愛の恋人。さっさと手を離さねば、貴様の命は無いと思え。」
貴公子の纏う黒い外套は、禍々しい獣の形をとって貴公子と共にチンピラを圧倒していた。
「…ヒッィ!すまねぇ、俺が悪かった!勘弁してくれ!」
「ふん…。人の恋人に手を出しておいて、命を賭けられぬような男など、殺す価値もないな…。」
あっという間の出来事に、ぽかんとしていた私だったが、ようやく我に返ってその貴公子に声を掛ける。
「あっ、えっと…、龍之介、その格好どうしたの…?
ってか、まず、助けてくれてありがとうね?」
と、話し掛けると顔は仮面で隠れているが耳が茹で蛸のように真っ赤になっている。
「ふん、貴様にしては時間の前に来ていた事は感心だが、あのような男に絡まれる事くらい分かっていただろう。もう少しゆっくり来れば良かったものを。」
とか言うのである。私はそれが可笑しくて思わず吹き出してしまった。
「おい、笑うな。全く…。」
「あれ〜?いいのかな〜?散々私を待ちぼうけさせて、挙句チンピラに絡まれるような事になったのは誰のせいかしら〜?」
これくらいは言っても許されるだろう。実際、彼のせいである事にはかわりないのだから。
「…っく、それに、関しては、本当に済まなかった…。」
と、苦々しい声で彼にしては素直に答えた。ちょっと落ち込んでもいるようだ。
「ふふっ、まぁ、もういいよ。本当はかなり怒ってたけど、さっきは助けてくれて本当にありがとう。龍之介、本物の王子様みたいだった。それから、このドレス、龍之介が用意してくれたんだよね?とっても素敵。ありがとう。」
そう言ってにっこり彼に微笑みかけた。仮面越しに目が遇う。いつもの調子に戻ったようで。
「当然だ。やはり僕の見立て通り貴様には華美なものよりも、質素だが品のあるものが似合っているな…。」
とか平気で私をドキドキさせるようなことを言う。
「美しき乙女よ、今宵この死神に拐われるがいい。」
心臓が飛び出しそうなほど艶やかな声で、そう言うと真っ直ぐ私に手を差し出す。そして骸骨の仮面の双眸の凛とした視線は、飛び出した私のハートを射抜く。
そんな彼に顔を真っ赤にしながら、私は差し出された手を取った。