第1章 いのち短し恋せよ乙女
と、強気になってホテルを飛び出したものの、約束の時間にはまだかなり早く、私たちの宿泊先から聖マルコの石柱までそれほど距離もない。それでも遅れるよりはマシだと思った私は、そこで彼が来るのを待つことにしたのだが、それはこの国では愚かな選択だとその数秒後に気付いた。
「Ciao!シニョリーナ!キミ、1人かい?こんな美しいお嬢さんが1人なんて勿体ない!良かったら僕と一緒にカーニバルを楽しまないかい?」
と、仮装した地元のイタリア男子にナンパを受けるのである。さっきのメイクをしてくれた金髪美女といい、やはりイタリア人は陽気なのだなと呆れるのを通り越して感心してしまう。どこかの陰気なポートマフィアの死神さんに爪の垢を煎じて飲ませてあげたいと思った。
ナンパは、何人もやって来て、とりあえずイタリア語分からないとか、待ってる人がいるとか、身振り手振り片言ながら追い払っておいたが、1人追い払えばまた1人来るといったところで、ホテルに戻らなかったのを後悔した。すると突然、
「おいネーちゃん、今1人なんだろ?ちょっと俺に付き合えよ。」
と、酒に酔ったガラの悪い男に腕を掴まれる。
一応はポートマフィアの首領の秘書として、多少の護身術は嗜んでいるつもりだったが、男の力があまりにも強く、柱の柵のところに押さえ付けられ、抵抗するのは不可能だった。チンピラだから無理だろうとは思ったが、一応、片言ながら待っている相手がいると言ってみるが効果はなかった。むしろ男を刺激したようで、
「ああ?俺に付き合えねぇってか?」
と凄み、私の腕を馬鹿力で更に握ってくる。
「痛っ…!誰か助けて…!」
その時だった。
「その穢い手を離せ。下賎な輩め。」
チンピラの背中越しに私が見たのは、リアルな骸骨の仮面に、黒の三角帽、黒い外套の下にこれまた黒だが、金色の糸で美しく刺繍を施されたコートに、黒のキュロットを纏う、"死神"のような美しい貴公子だった。