第5章 潜入デート
こう、人が自分を追い掛けて来たら反射的に後退してしまうのは仕方ないと思う。
しかもいつもニコニコと人の良さそうな(まぁ、胡散臭いけど)笑顔でいる人間が、物凄い形相でこちらに来ているのだ。
逃げ腰になるに決まっている。
だが元々のコンパスの差か、距離は離れるどころか一気に縮まった。
と、思いきや、ガバッと勢いよく抱き締められたのだ。
訳が分からず、身体が強張る。
彼が話し出すのを暫く待ったが一向に話す気配がなく、抱き締める力が増すだけであった。
『安室…さん…?』
「貴方は一体何をしていたんだっ…!
俺がどれだけ君を探したか…。
言っていた場所に君は居なく、携帯にも出ない。
俺はまた…っっ!!」
何かを言おうとしたのに、ハッとして言葉を飲み込んだ彼。
私を抱き締める身体はほんのに汗ばんでいて、どれだけ私を探してくれていたのか、嫌でも分かってしまった。
連絡を怠ったのも、自分があぁゆう事をしていたのも私の責任で。
彼の手伝いをしに来たはずなのに、手を煩わせてしまった後悔と罪悪感。
申し訳ない気持ちになった。
私の方からも抱き締め返そうと手を回そうと思ったが、彼から離れて行ってしまった。
何故だか彼が離れて行ってしまったのを少し残念に思ってしまったが、とりあえず謝罪をしなければならないと思い、頭を下げる。
『安室さん…すいませんでした。
知り合いに会って話し込んでしまって…。
お手伝いで来たのに、何も出来ないどころか、逆に迷惑をかけてしまいましたね。
本当にすいません』
本当の事を言う訳にはいかないので、伏せつつ説明する。
「頭を上げて下さい」
そう言われたので頭を上げ彼を見ると、少し悲しそうな表情をしていた。
こんな表情をさせてしまったのが自分だと言う事に、胸の奥が少しズキっとした。
「貴方に何もなくて良かった…。
今後、僕と出掛けたとして何処か行く時はまず連絡を下さい」
『はい、肝に命じておきます』
「…僕はこれから依頼人に報告の為会いに行かなければなりませんので…。
愛香さんは下にタクシーを待たせています。
申し訳ないですが、帰りはタクシーで帰ってもらっても?」
『あ、はい。
それは大丈夫です、わざわざありがとうございます』