第8章 盗まれたのは
心配してくれてた…からあんな自分も危険になる提案をしてくれていたのに…。
連絡する約束だったのに破ってしまった、そしてその事から彼を目の前にして逃げてしまったのだ。
『いや…でも仕方ないよね…。
バレちゃうかも知れないんだし…逃げるのが正解よね』
そうだ、今自分は日本で生活していた沖矢愛香ではなく、蓮見 愛香としてここに居る。
正体がバレる訳には行かないのだ。
はーー…と深く息を吐く。
携帯を開き画面を見ると、時間はまだ12時を回った頃だった。
もう今日は散策をやめにして家に戻ろう。
また会ったら次は逃げられる気はしない、いや今もまだ近くにいるかも知れないし…。
通りに出て早々にタクシーを拾おう。
そう思い携帯を鞄に入れ、顔を上げると目の前に人がいた。
「逃がしませんよ、愛香」
『ぁっ…』
気付いた頃には既に遅く、両肩を壁に押し付けられ、足の間に足を入れられて固定され身動きが取れない状態だった。
全然気配を感じなかった…。
それに彼は息一つ乱していない。
ここに逃げ込む事を予想していたのだろうか、それとも単に体力オバケなのだろうか…。
ってそんな事を考える余裕はないのだ、この状況を打破しなければ。
『離して下さい…安室さん』
「ダメです。
僕の質問に答えてから日本に連れ帰ります」
『それって解放しない、という事ですか』
「えぇ。
僕これでも怒っているんです」
声のトーンから怒っているのが分かる。
ならば尚更彼に捕まっている訳にはいかない。
逃げようとしてみるが、彼は私を真っ直ぐに見つめたまま動く事すら許してくれない。
これは困った…とりあえず叫んでみれば誰か来てくれるだろうか、そう思い息をいっぱいに吸い込んだ。
それと同時に私の意図を察知したのか、彼の唇によって塞がれてしまった。