【安室透】奇妙な客人がやって来るのは、この霊感のせい?
第1章 奇妙な依頼人【出会い】
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各フロアには部屋という部屋はなく、安室さんが屋上にいるということはすぐに検討がついた。
私は屋上に繋がる階段を、音を出さずに慎重に登って行った。
屋上から少しだけ顔を出して様子を伺おうとした私は、真っ先に目に入ったその光景に目を見開いた。
屋上の壁に寄りかかった安室さんは胸に拳銃を当てて座り込んでいたのだ。
横には安室さんが持っていた花束が添えられている。此方からでは安室さんの表情は見えない。今にでも引き金を引きそうだ。
(まさか、自殺するつもりなんじゃ──)
その考えが頭に浮かんだ私は、すぐ様安室さんを止めようと声を出すために大きく口を開いて息を吸おうとした瞬間、私は屋上の階段から滑り落ちてしまった。
──いや違う。
私は何者かによって右腕を掴まれ強い力で階段の上から引き摺り降ろされたのだ。
(一体、なにが、どうなって、)
私の頭はパニックに陥っていた。
襟を掴まれながら、私は下のフロアの影に引き摺り込まれていく。床を擦りながら移動していた身体が止まったのと同時に私の右腕も解放された。
一体誰がこんなことを──その犯人の正体を確認しようと私は振り返った。
「あっ……髭の幽霊!」
私を屋上から引き摺り降ろした犯人は、安室さんに取り憑いていたあの髭の幽霊だった。彼は私の言葉を聞いた途端に顔を歪ませる。
『ひ、髭って……君ねえ、初対面にいきなり髭はないだろ?…ああ、いやそうか。初対面という訳では無いんだったね』
改めまして、と彼は続ける。
『俺は…んん、そうだな。とりあえず俺のことはヒロミツって呼んでくれ』
「は、はあ…」
『そんな堅くならないでくれ……君のことは“アイツら”からよく聞いてるよ。俺みたいな幽霊が見えるんだってね』
「……ええ」
堅い、というよりもただ状況が掴めずに混乱しているだけなんだが。
それよりもアイツらというのは誰のことなのだろうか。しかし、それを彼に尋ねるタイミングを逃してしまった。
そして、ヒロミツと名乗る幽霊は続ける。
私は気持ちを落ち着かせるために深呼吸をしてから彼の話に耳を傾けた。
『今日、君の店宛てに送ったあのメールは俺なんだ。……君にしか頼めない大事なことを依頼するために』