第9章 深夜零時、闇。
「今わたしの身体に痣があるんですけど、其れがわたしの命を蝕んでるらしくって。重傷者を治癒しようとするとキャパオーバーで死ぬんですって」
瀕死の人や重傷者を治せば、その傷はわたしに来る。痣はわたしの体を蝕み、ある一定の量の命を奪っていると言う。残りの命がどれ位か判らない今、重傷者を治癒しようとする事は自殺行為なのだ。
「でも、どれ位までなら行けるのか知らないと治せませんし……。戦場でも行って練習した方が善いですかね?」
「手前が行ったら直ぐに死にそうだな」
「う、否定出来ない」
「まぁでも、異能を沢山使うってのは善い考えだな。自分の力量も上がるしキャパも判る」
俺もそのクチだしな。中也さんは手袋を付けた手を顎に添え、考えるポーズを取った。一寸頭が善く見えて格好良いとか思ってしまったり。
「泉、手前行く所無いンだよな?」
「え? ええ……まぁ」
「だったらポートマフィアに来いよ」
中也さんがニヤリと笑った。……ポートマフィアに、わたしが?
「マフィアなら沢山怪我人出るし、死にかけだって帰ってくる。手前の製薬技術だって活かせる。手前には善い条件揃いだと思うぜ?」
「た、確かに……」
辞めたとはいえ薬剤師、しかも今回は治癒異能だ。わたしの力を此処まで発揮できる所は他に無いだろう。
「後は俺の勘だが……。手前、人殺しただろ」
びくっと肩を震わせた。あの事件から数ヶ月も経っている。太宰さんも鏡花ちゃんも見抜けなかったのに、何故こうも判るのか。相手が現役のプロの殺し屋だからだろうか。
「今の手前は光よりも闇の方が似合ってる」
わたしは光に居たい。探偵社の皆と居たい。けれどもう逢えない、戻れない。中也さんはそんなわたしの揺らぎを感じ取ったかのように、すっと手を差し伸べた。
「──来るか? ポートマフィア」
月明かりを背に手を差し伸べる彼の表情は逆光で見えない。この手を取れば、わたしは破滅を迎えるかもしれない。けれど、わたしには彼が救いの手を差し伸べているように見えた。
探偵社が光なら、マフィアは闇。今のわたしには、光よりも闇が心地よかった。
差し出された手にわたしの手を重ねる。中也さんはニヤリと笑みを浮かべた。
「これで晴れて仲間だな、泉」
──この日、わたしは二度と戻れない闇へと足を踏み入れた。