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徒然なるままに【文豪ストレイドッグス】

第7章 傷心、迷走


 人殺しをした以上、もう此処には居られないのだろう。わたしはそう思って小さく溜息を吐いた。すると太宰さんが目敏く其れを見つけ、じろりと疑惑の目を向ける。

「……君が此処から逃げ出そうとするなら私にも考えがあるよ?」
「え、何で」
「君の考える事くらい手に取るように判るさ」
「因みに何をする心算ですか?」
「先ずは私の家に軟禁して、私が仕事する時も寝る時も食事の時も一緒に居てもらうかな」
「うわぁ怖〜い」

 けらけらと笑う。話が切れると、太宰さんは、気持ちの整理もあるだろうし、とわたしの背中を軽く叩いてから部屋を出た。パタン、と静かにドアが閉まると、わたしはぽろりと涙を一粒転がした。

「……お兄ちゃん……」

 ぽつりと呟く。兄の血飛沫と脳漿がリフレインした。
 最初に殺したのは孤児院の院長だった。喉元を落ちていたガラスでグサリと一発。人の喉に刃物を突き立てるあの嫌な感触は今でも覚えている。
 次に殺したのはあの仮面男か。わたしが戻れたという事は、完全な人形になりきるのに時間がかかると云う事。あの男は自分の撒いた火種で焼け死んだが、其の原因を作ったのはわたしだ。
 お兄ちゃんだって、わたしが守りきれなかったが故に死んだ。わたしの所為、わたしの。

「……」

 わたしは自分の掌をじっと見つめた。赤い血が滴っているように見えた。実際は何も無い筈なのに。矢張り自分は汚れている。汚れた人間は此処には居てはいけないのだ。
 わたしは医務室の窓を見た。此処は四階、飛び降りるには少し危険な高さだ。けれど、普通に出ようとすれば先ず間違いなく見つかる。
 わたしは枕元に置いてあった服に着替え、スカートのポケットに入れていた万年筆とメモ帳を取り出した。

『今まで有難う御座いました。さよなら』

 そう書き置き、わたしは服の置いてあった場所にメモと万年筆を静かに置いた。皆に気づかれぬ様、そっとライブラリを召喚し、茨姫の本を開いた。

「……御免なさい。わたしは、此処には居られない」

 シュルっと手近な木に茨を巻き付け、わたしは窓から飛び降りた。此の時のわたしは、異能を授かった時に自称神様から云われた事など頭から抜けていた。
 淡いクリーム色のセーターがするりと闇に溶け込んだ。カチリ、と歯車の音が微かに聞こえた。

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