第7章 傷心、迷走
「……ご、御免なさい」
「いやぁ、まるで君の涙はダム決壊だねェ。吃驚したよ」
一頻り泣くと、涙は枯れたように出なくなった。太宰さんのコートがわたしの涙やら鼻水やらでびしょびしょになっている。わたしが謝ったのも其れに関してだった。
何時の間にか与謝野さんは居なくなっていた。気を遣わせてしまったらしい。
「兎に角、泉さんお帰り。そしてお疲れ様」
「有難う……御座います。あの、倉庫は……」
そう尋ねると、「嗚呼、彼処?」と太宰さんは教えてくれた。
「倉庫は全焼。孤児院はとっくに辞めてたらしいから怪我人は居なかったよ」
君以外ね、と付け加えられると肩身が狭い。後、と太宰さんはもう一つ付け足した。
「倉庫の焼け跡から二人の遺体──正確には一体の人形と遺体が見つかったそうだ」
どきりとした。
一人は焼け残った仮面からあの里親、此方は完全に人形になっていたらしい。もう一人は頭の部分が破壊されているが外套を羽織った人だそうだ。
「外套の方はもしかしなくても……」
「……はい、わたしの兄です。あの男からわたしを庇って、銃で頭を一発撃たれました」
「……そうか。何があったか聞かせてもらっても善いかい?」
勿論、話したくない事は話さなくて佳いよ。太宰さんはベッドの近くの椅子に腰掛け、わたしの手を柔く握った。
「……太宰さん達を逃がした後、お兄ちゃんと話をしたんです」
「うん」
「お兄ちゃんはあの男に引き取られてから、ずっと洗脳されてたそうです」
「洗脳?」
「はい……」
わたしはお兄ちゃんから聞いた事を包み隠さず話した。
本当はあの男はわたしを狙っていた事。其れを知った兄がわたしを守る為に一人で里子として乗り込んだ事。けれどわたしの孤児院での扱いを知った兄の後悔と自責の念を利用され、洗脳を受けた事。
「……でも最後はちゃんと解けて、何時ものお兄ちゃんに戻ったんです。けど、死んじゃった」
わたしの所為です。俯いてそう呟いた。
「わたしの所為でお兄ちゃんが危険な目に遭って、太宰さんも傷付けられて、探偵社の皆にも中也さんにも龍にだって迷惑かけて。最後には怒りに任せて人殺しまでして」
マフィアよりも非道い。憎しみに駆られて人を殺すなんて、あってはならない事なのに。
「結局わたし、何も出来ませんでした。自分がスッキリしただけ」