第7章 傷心、迷走
ふ、と目が覚めると天井が見えた。白いシーツに布団と枕、病院か何処かだろうか。
「目が覚めたかい」
直ぐ側からひょっこり現れたのは与謝野さん。わたしは声を出そうとしたが、掠れて上手く声が出なかった。
「嗚呼、まだ異能の後遺症が残ってるのかねェ。太宰もテンパってたし有り得るっちゃ有り得るけど」
「……? 此処、探偵社ですよね……?」
困惑しながらそう尋ねると肯定の返事。わたしは益々混乱した。だってわたしはあの燃え盛る倉庫の中で、お兄ちゃんを抱き締めながら始まりの女王を唱えて──
「……お兄ちゃん!!!」
「な、泉!?」
「お兄ちゃんっ、お兄ちゃんは!?」
如何してわたしが生きてるの。お兄ちゃんじゃ無く、禁忌を唱えたわたしが如何して。
「落ち着きな、アンタの他に誰か彼処に居たのかい?」
与謝野さんの問いにわたしはひゅっと息を飲んだ。お兄ちゃん、そうだ。死んじゃったけれど、彼処にはまだお兄ちゃんの亡骸が有る。わたしの唯一の家族。
ぶあっと過去の記憶がフラッシュバックした。
太宰さんが連れて行かれたのも、お兄ちゃんが殺されたのも、全部全部わたしの所為。わたしが悪い。
怖い、怖い、怖い。息が出来ない。呼吸って如何やってするんだっけ。与謝野さんの声が遠くに聞こえる。
「泉ちゃん、落ち着いて、息を大きく吸うんだ」
与謝野さんが背中を摩ってくれるけれど、呼吸の仕方を忘れたわたしは金魚の様に口をぱくぱくと動かした。
「──泉」
何故かその声だけは近くに聞こえた。ふわりと温かい何かに包まれる。温かい何かはゆっくりと背中を叩いた。
「上を向いて。鼻から吸って、動いた肩と胸をゆっくり下ろして、口から息を吐いて」
其の声は不思議とわたしの心に染み渡った。
「其れが呼吸だよ。思い出したかい?」
「……太宰、さん……」
「お帰り、泉さん」
涙腺が決壊した。うぇ、と情けない声が出る。瞼に溜まった水は止めどなくぼろぼろと零れた。
「う、うぅ〜! うぇ、う、ひっく」
「お疲れ様、良く頑張ったね」
わたしの頭を撫でる太宰さんの手は優しくて温かかった。その温もりが、此処は現実なのだと、わたしに教えてくれた。