第6章 傀儡師
最初に中也さんが出て、後ろ髪を引かれるように敦くんが続いた。太宰さんは出口の近くまで歩き、くるりと此方を振り向いた。
「……戻って来るよね?」
「……氷、溶けますよ」
にこりと微笑む。彼の不安そうな瞳の中にわたしが映った。戻るなんて云える訳無い。わたしは此処で死ぬかも知れないのに。
太宰さんはわたしの答えが不満なのか、ぐっと眉根を寄せた。
「戻って、来るのだろう? 君は私を置いて逝きはしないだろう?」
その瞬間、悟った。嗚呼、この人は判ってるんだ。わたしが死のうとしている事も、もう会えない覚悟をしている事も。わたしは咄嗟に太宰さんに抱き着いた。
「今まで有難う」
「泉、」
「またね」
嗚呼、何て残酷な言葉。また会えるなんて保証は何処にもないのに。其れでもわたしはそう云った。最後に貴方の目に映るなら、綺麗に笑ったわたしで居たいから。
トンっと太宰さんを押した。彼が外に出た瞬間、わたしと彼を遮るように氷が溶けた。もうわたしの目には炎しか映らない。
「善かったのか、逃がして」
仮面男がそう云った。わたしはくるりと振り向き、未だに拳銃を持って呆然としているお兄ちゃんを見た。傷は不思議と痛くない。
「善いのよ。どうせ貴方、脱出方法なんて言わないでしょ」
「お見通しだったか。流石だな」
「さて、太宰さんも帰した事だし。後は貴方を殴るだけね」
「未だ続いていたのか?」
「でも其の前に」
わたしはお兄ちゃんの目の前に立った。わたしの足には生温い液体が沢山ついている。正直気持ち悪いが、そんな事を気にしていられる程時間が有る訳じゃ無い。
「お兄ちゃん」
「ッ!」
声を掛けるとお兄ちゃんの肩がビクリと震えた。洗脳か何かをされていたのだろう。だが、わたしと会って、戦って、わたしに深手を負わせた事でそれも解けつつある。あと一息。わたしはお兄ちゃんを優しく抱き締めた。
「お兄ちゃん、大丈夫だよ」
背伸びをして、お兄ちゃんの耳元で優しく囁く。お兄ちゃんはまたビクッと体を震わせた。
「何時も泉の事守ろうとしてたの、知ってるよ。此の人の所に行ったのだって、わたしを守ろうとしてくれたんでしょう? 有難う。お兄ちゃん、大好きよ」
ちゅ、と軽く頬に接吻をする。お兄ちゃんの瞳からぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。