第5章 日々は緩く過ぎ去りて
「呼び方?」
太宰さんとの仲直りから暫く経った探偵社。国木田さんの書類のお手伝いを終えたわたしはソファに座って乱歩さんと世間話をしていた。其の内の一つが呼び方についてだった。
「君は基本的に苗字+さん付けでしょ? 偶には呼び方を変えるのも有りかと思って」
「うーん確かに……。じゃあ乱歩さんは如何なるんでしょう?」
乱歩さんは名前呼び。うーんと頭を捻ったわたしが考え付いたのは此れだった。
「……『乱歩くん』?」
「お、良いねェ。じゃあ僕は『泉』かな?」
「んー、何かしっくり来ない」
「其れは僕も思った」
そう話していると、丁度潤一郎さんが通りがかった。わたしは気になっていたことを一寸尋ねてみた。
「……そう云えば、潤一郎さんって歳は幾つなんですか?」
「僕ですか? 十八ですけど……」
「え、歳下!?」
「見えないですよね、僕よく上に見られちゃうので……」
「此れこそ呼び方変えるべきなんじゃ……」
「変えちゃえば〜?」
乱歩さんがひょいと割り込む。年下の子をさん付けで呼んでいると一寸距離が開く様な気がするし(ナオミちゃんが良い例だ)、これは善い切っ掛けかもしれない。
「んと……。潤一郎くん?」
「うわぁ〜……。何か照れますね」
「わたしも一寸照れる」
何だか歳の近い弟が出来たみたい。そう云うと、潤一郎くんは「弟扱いされるのは初めてかもしれないです」と嬉しそうに笑った。
「そっか、ナオミちゃんのお兄さんだし……。元が長男気質なのね」
「そうなんですかね?」
「自分じゃ判らないよね〜。わたしなんて兄がいるし」
「あれ、そうなんですか?」
「一人っ子かと思ってたよ」
「善く云われるんです、其れ。妹っぽくないって」
「妹と云うよりお姉さんな感じは強いですよね」
「君の過去が過去だしねェ」
何となく三人で兄弟について話を盛り上げていると、「只今戻りました〜」と敦くんの声がした。
「あ、帰って来たね」
「敦くんと太宰さんですよね? 珍しく仕事してるって」
「珍しく……」
「え、合ってるよね潤一郎くん?」
「うん、そうそう。折角だし、あの二人の呼び方も変えてみたら?」
乱歩さんに促され、わたしはふむと考え込んだ。
「呼び方かぁ……」