第5章 日々は緩く過ぎ去りて
「おや、泉さんじゃないか。今日は如何して此処に?」
報告書を書く前に太宰さんがわたしを見つけてしまった。
「鏡花ちゃんに呼ばれたんです。遊び来てって」
何故わたしがこんなに探偵社に入り浸っているのかと云えば、理由としては敦くんと鏡花ちゃんの所為である。あの二人を中心にしてナオミちゃんや乱歩さんに時々お呼び出しを受けるのだ。
「まぁ鏡花ちゃんはわたしが来るのと入れ違いで仕事行ったみたいですけど」
「それは残念だったね」
呼び方を変える、かぁ。太宰さんの場合は何時も苗字呼びだし……。『太宰』じゃ国木田さんとか中也さんになっちゃうし……。
うんうんと考え込んでいるのがバレたのだろうか、太宰さんが「如何かした?」とわたしの顔を覗きこんだ。
「あ、いえ。何でも無いですよ『治さん』」
云った瞬間、太宰さんは後ろを振り向きソファの肘掛け部分に勢いよく額をぶつけた。
「ちょ! 大丈夫ですか!?」
「待って其れは誰の入れ知恵……?」
「は?」
「君が呼び方を自主的に変えるなんて考えられない」
「失礼ですね」
「僕だよ〜」
乱歩さんがラムネを持ちながら登場した。黒幕……こほん、乱歩さんは「ラムネ開けて」とわたしに瓶をずいっと押し付けた。わたしはハイハイと云いながらラムネを開けて彼に戻す。
「呼び方変えると新鮮で善いよねって話をしてたんだよ」
「因みに太宰さんの呼び方を変えたのはわたしの意志ですよ」
「変えてみたらって云ったのは僕だけどね! やったのは泉ちゃんだよ」
「何か事件の実行犯と計画犯みたいな関係になりましたね」
「いっそタッグ組む? 割と善いコンビになりそう」
「一寸怖いので遠慮しますね」
ちぇー、と云いながら乱歩さんはてくてくと何処かへ歩いて行ってしまった。
「そう云えば太宰さん、報告書とか書かなくて善いんですか?」
「今私は君の攻撃で一歩も動けない」
「莫迦な事云ってないで仕事して下さい」
国木田さんの視線が怖いので早く。そう急かすと太宰さんは渋々といった体で仕事机に戻った。敦くんと二人で報告書を作り、他の人達も自身の仕事をしつつ和気藹々としている。
こんな平和な日々が何時までも続くのだろう、と此の時のわたしは思っていた。
──あの手紙が来るまでは。