第5章 日々は緩く過ぎ去りて
ダァン、と音を立ててわたしの背中は地面に打ち付けられた。
ざく、という音で横を見ると、わたしの顔面スレスレにナイフが刺さっていた。うわぁ強い。
男はカチャカチャとズボンのベルトを弛め始めた。此処までされて気付かない程わたしは鈍感じゃないし、それなりの経験もある。
わたしは過去の記憶に蓋をしながら毅然と云った。
「……公然猥褻よ」
「君が僕に抱かれれば、君の最後の記憶は僕だ。僕の物にした後に殺してやる!」
嗚呼、何処までも自分勝手で気色悪い。わたしは苛立って男の股間を蹴り上げようと足を振り上げた。だが其れを掴まれ、わたしの足は無理矢理に開かれた。
「っ!」
蓋が外れた。過去の記憶が流れ出た。孤児院での事が蘇る。カタカタと身体が震える。厭、厭、怖い。犯されるのは怖い。でも抵抗したらまた殴られる、痛い。厭だ、厭だ、助けて。
もう目の前の男は孤児院の院長にしか見えなかった。
スカートを捲り上げられ、下着をずらされる。足を閉じたくても力が強過ぎて閉じれない。男は何時の間にか勃っている其れをねじ込もうとした。厭だ、助けて、誰か。
瞬間、ふわりと男が浮き上がった。
「よォおっさん。久し振りだなァ?」
中也さんは男をわたしの上から退けた後、逆に男の上に座り込んだ。ずん、と男が地面に沈み込む。うぐ、という気持ち悪い声が聞こえた。
「如何やって殺されたい? 地面に叩きつけてやろうか? 其れとも押し潰して殺してやろうか?」
中也さんの声は怒りに満ちていた。わたしが動けない間に中也さんは異能で男を叩き付けて押し潰して思い切り路地裏へ投げ捨てた。
「夜はマフィアの時間だ。其の内殺されても知らねェぜ」
中也さんは男を捨てた後、わたしの方へ歩み寄った。彼が目の前にしゃがみ込む。その仕草にすらわたしはビクリと怯えた。
「……大丈夫だ、俺は何もしない。手を出せるか」
中也さんはそっとわたしに手を差し出した。わたしがゆっくりと手を重ねると、中也さんはわたしの手を自分の胸に当てた。
「俺の心音が判るか?」
こくりと頷くと、「善い子だ」と優しく言われる。
「心音に合わせて呼吸しろ。ゆっくりでいい。……そうだ、その調子」
優しい声と心音のお陰なのか、わたしは何時の間にか意識を失っていた。